《智史》
4月のうちは、毎日毎日佐々倉の事が心配でたまらなかった。自分から話す事さえろくにしなくなっていた彼が痛々しくて、どうにもしてやれない事が、もどかしくもあった。
けれど俺は、佐々倉と過ごす時間を、嫌だと思った事は一度も無かった。静謐な時間は、殊更ゆっくり、優しく過ぎるように感じていた。
本来の自分らしさを失くしていた彼は、しばらく覇気が無く、同僚ともあまり打ち解けられず、どちらかと言えば頼りなく仕事の出来ないスタッフだと周りから思われていたらしい。
それでも佐々倉は、丁寧にメモを取り、先輩スタッフの介助を繰り返し見学して回り、ひたすらひたむきに真摯に業務に取り組んでいるようだった。
時間が経つに連れ、佐々倉は俺が作った食事以外も普通に食べられるようになった。その頃には笑顔もかなり増え、1人で眠れるようになり、本来の彼らしさが出せるようになっていた。
そこまで来ると、俺はさほど大した事をしている訳では無かった。そろそろ佐々倉を家に帰しても良いのではないかと、大真面目に考えた事もあるぐらいだ。
しかし、彼が家事を手伝ってくれるようになると、一緒に働いていた経験もあったからか、想像以上に暮らしやすくて居心地が良いと言う事に気付いてしまった。
考えてみると、2年も同じバイト先で働いていたし、シフトが被る事も多かったから、気心は知れているし相手の事も割と知っている。慣れていると言う事がこんなに快適さに繋がるとは思わなかった。
俺が家事で感心するぐらいだから、職場でも上手く行くようになるのは、時間の問題なだけではないだろうか?そろそろ、佐々倉の良さに気付いてくれるスタッフが現れる頃ではなかろうか?と俺は密かに考えていた。
気付けば季節はもう夏になっていて、佐々倉と俺が暮らし始めてから、もう3ヶ月以上の時が経っていた。
この頃になると、佐々倉の口から成瀬侑の名前が出る事は無くなっていた。スマホを気にする事も無くなり、彼の撮影した写真が入ったアルバムを眺めている所も見ない。
ただ、1枚だけ。
佐々倉が懐かしい気がして気に入っていると話していた、古い街並みを収めた写真。それだけが写真立てに入ったまま、枕元にそっと置かれていた。
つづく