《智史》
佐々倉から連絡をもらって、
定食屋で待ち合わせたあの日。
定食屋の暖簾をくぐって顔を出した彼を見た客の何人かが、まるで引き寄せられるみたいに彼に見惚れていたのが見えた。
サナギが蝶になったみたいな、それはまさに羽化だった。たっぷり愛されていると、男でもこんなに変わるのかと、目の前に突き付けられて俺は愕然とした。
同時に感じた、悔しいとすら思えないほどの敗北感。俺にはここまで彼を変えられるとは思えない。潔く諦めようと、密かにそう決めていた。
ところが、突然その愛情の供給源である成瀬侑が、何らかの事情で忽然と消えてしまった。初めての恋に夢中になっていた佐々倉には、それは酷く堪(こた)えたのだろう。
食べる量がかなり減っていた佐々倉だが、入社式の朝には、うちに来た日よりは食べられるようになっていた。念の為おにぎりとスープジャーを持たせて、玄関で背中を叩いて見送る。
チャコールグレーのスーツに身を包んだ佐々倉が、小さく「行ってきます」と俺に手を振り、階段を降りて行く。その足音が完全に聞こえなくなると、俺は部屋に戻ってベッドに転がっていた。
正直、佐々倉の世話や食事は、慣れてしまえば大した事はない。それよりもっと大変な事があった。それは佐々倉が1人では眠れないからと、毎日俺のベッドで寝ている事だ。
「…………勘弁してくれよ。そんな簡単に慣れられねえよ」
とは言っても、彼の寝顔を見ていると、せめて元気になるまでは、近くに居て守ってやりたいと思わずにはいられない。
俺の事を見ていなくてもいい。好きにならなくてもいい。ただ、生きて、笑って、元気で、そして幸せでいて欲しいと思う。
それは俺の願いであり、
また祈りでもあった。
いつの間に、俺はこんなに佐々倉の事を好きになっていたんだろう。
健気に胸の痛みと闘う彼が、
愛しくてたまらなくなっていた。
つづく