成瀬さんの端正な顔が徐々に近付いて来る。このままだと唇が触れてしまうと言うところで、俺は反射的に声を出していた。
「成瀬さん!!」
すると成瀬さんは、今目覚めたかのように瞳を瞬き、ギョッと慌てて俺から離れると、今度は腕を引いて起こしてくれる。
「ごめん、スパイを追い掛ける夢を見てたんだ」
「キスしようとするなんて、魅力的なスパイだったんですね」
「それは……」
「俺のアルバイト、9時からでしたよね?もう始まってますよ?」
9時〜21時が、俺のモデルとしての拘束時間になっている。しかも、昼休憩とおやつ休憩まであるのだ。
「そうだったね。行こう」
成瀬さんはベッドのベッドボードに置いていた古いカメラを持つと、俺にふわりと微笑んでくれる。その笑顔があんまり可愛くて、鼻血吹いて倒れるかと思った。
カウルさんの作った雑炊を3人で食べ終えると、成瀬さんと俺はリビングのソファーで話しながら、多分俺を緊張させないように、緩い感じで撮影を始めた。
しかし、成瀬さんがカメラのシャッターを切ると、「カシャッ」と音が聞こえるので、俺はそれをどうしても気にしてしまう。
何度かシャッターを切ってみてから、成瀬さんはカメラをテーブルの上に置き、顎に手を当てて困ったなと言う表情を浮かべてクスッと笑った。
「……すみません。なかなか慣れられなくて」
「ああ、祥君のせいじゃないから気にしなくていいよ。寧ろ初々しくて素敵だと僕は思う。だけどそうだな……大人になる君の、そんな瞬間を一瞬ごとに切り取れるならって思ってるよ」
「大人にですか?こんなに短期間で?」
「例えば、恋をする。なんてどうかな?」
「誰に?」と言おうとして、言えなかった。かと言って、恋ならもうしている、とも言えない。戸惑いながら困惑している俺を、成瀬さんの操るカメラが捉え、瞬く間に切り取って行く。
こんなのでいいんだろうか?
と言う不安しかないスタートだったけど、成瀬さんは俺を励ましたり慰めるのが上手く、さすがカメラマンの卵。と、モデル初心者の俺でも思うぐらいだった。
そうこうしているうちに、俺はカメラマンとしての彼とすっかり仲良くなったような気分になり、たった1日で撮られることを楽しめるようにさえなっていた。
つづく