あれから3年と7ヶ月。
彼の命日ではなく、誕生日近くになると、大野さんは何気ない風を装い、いつもの顔で俺を旅に誘う。そして、夜になると不意にホテルの部屋から何処かへ行ってしまって、数時間は帰って来ない。
帰って来る事はわかっている。そして信じてもいる。しかし、それでも彼がその間に何を考え、何をしているのかと思うと気が気ではない。
最初は誰かと会っているのかと思ったりした。けれどそんな気配は無く、かと言って浮かれている訳でもない。そのうち俺はその日が大野さんの亡くなった親友の誕生日だと気付いた。
命日ではなく、誕生日に会いに来ていたのかと思うと、返って胸が詰まる思いがした。1人きり何処で思いの丈を吐き出しているのか、いくら心配でもそんなところにはさすがに踏み込めない。
遠く果てない、空の上に煌々と輝く大きな一等星ではなく。その下の方に楚々と淡く光る、4等星か5等星。それを彼みたいだと、そう言って貴方は笑った。
きっと、貴方はあの星を見上げ、1人話しかけているのだろう。それはまるでひっそりと行う神聖な儀式のように。昨年まではそうだったんじゃないかと思う。
だけど今年、この神聖な儀式の場所に、彼は俺を連れて来た。いいのだろうか?俺が近くに居ては邪魔になるのではないかと気になる。
夜になって星が一際美しく輝き始めると、大野さんは俺を連れてホテルの裏側の星が綺麗に見える穴場だと言う場所へ向かった。
「……星がよく見えるだろ?」
「手が届きそうですね」
「あの歌覚えた?」
「はい。ああ、ここで歌う為だったんですね」
「よくわかったな」
「あの人に、贈る歌でしょう?」
「付き合ってくれるか?」
「乗りかかった船ですからね」
こんな難しい歌、歌えるようになって来いだなんて、目で命令すんのいい加減やめて欲しいよ。しかも英語だし歌い出し俺だし。
Why should I feel discouraged, why should the shadows come,
Why should my heart be lonely, and long for heaven and home,
後から歌い出した大野さんの声が凍える空気に触れ、白く凍りついて結晶になる。それが月の光に照らされ、輝きながら辺りに散らばり、浮遊しては歌い手を包み込んでいる。
やわらかな月の光を浴びて歌う彼は、まるで天の使いみたいに見えた。その彼は、歌いながら見たこともないぐらい幸せそうに笑って、潤んだ瞳で俺を見つめている。
「……ちゃん、誕生日おめでとう。今年でここに来るのは最後だから、俺の大事な人連れて来たよ」
それが俺でいいんだろうか?と思ったけど、ここで口を挟むのはやめておいた。
「今生ではあんま長く付き合えなかったから、来世は同級生になろうな」
そうしてあげて欲しい。もしも神様と言うものが居て、この願いが届いているのなら。どうか彼の願いが叶いますように。
「…………カズ、泣かないで」
「泣いてません。俺は泣いてなんか……」
だから、そんなに強く抱きしめないで。
「連れて来てくれてありがとう」
こんなに大切な場所に、そしてセレモニーに。
それには答えず、彼は俺を抱きしめていた腕を離すと「帰ろうか」と手を差し出した。
大好きでたまらないその手を握ると、俺達はまた日常に戻って行く。
降り始めた雪が、優しく踊りながら俺達を見送っていた。
終わり