翌朝、翔一は久方ぶりに爽快な気持ちで甲板に向かう階段を登っていた。


昨夜、思った以上によく眠れた身体は、前日までよりずっと回復している。これなら素振りも出来そうだと、少々浮かれて甲板に出た。


上に半袖のシャツを着ているのは、総一郎のアドバイスによるものだ。新鮮な空気を吸い込み、いつもの場所に立って竹刀を構え、持ち上げたところで翔一はその手を止めた。


(……鳥?)


陽の昇り始めた空に、大きな鳥が飛んでいる。この辺りに生息する珍しい鳥だ。聞いた事はあるが、これほど大きいとは。


思わず目で追い、それから視線を戻したところで、真っ直ぐこちらに向かって飛んで来る機影が見えた。


この時間、飛翔から偵察機は出していない。つまりこれは敵機である。


「敵機し、う……大野?何故止める?」


艦内に知らせようとしたのを遮られ、驚いて総一郎を見る。本来ならここで銃弾を浴び、命を落とすところだろう。


しかし、空から弾が降ることは無く、よく見ると敵兵はこちらに敬礼をしている。


「あれは敵ですが、撃っては来ません。ピンク色の旗が見えたでしょう?ただの“冷やかし”です。ちょっとした遊びですよ」


「は?」


翔一にとって、それは晴天の霹靂だった。ポカンとしている間に、敵機は何かを飛行機から甲板に落として去って行く。
 

総一郎の話によると、2年ほど前、この近くの中立地域でボランティアをした際、敵兵達と出会い、仲良くなったと言う。


敵機は時折偵察も兼ね、ここまで来ると何かしら食べ物を置いて行く。その時には、ピンク色の旗を見える位置に貼り付けている。それが合図だった。


見ると、甲板の上には新聞紙に包まれた袋入りの珍しい菓子が落ちていた。総一郎は翔一にそれらを持たせると、翔一の部屋で朝食を食べたいとゴネだした。


「わかったから、静かにしてくれ」


「ありがとうございます」


翔一の部屋に入ると、総一郎は菓子をテーブルの上に置き、包んでいた新聞紙を広げて読み始めた。


「読めるのか?」


「分からない所もあるんですが」


「貸してみろ。ああ、そう言うことか」


翔一がニヤニヤしている。


「これは敵国の新聞だ。敵国の方が情報収集に長けているからな。戦況は今のところ拮抗しているようだが……こちらの方が不利な事には変わりなさそうだな」


「情報と言っても数日前の記事なので。このくらいなら大丈夫かと。大佐は英語がお得意なんですね。さすがです」


「おべんちゃらはよせ。お前らしくもない」


「素直な感想ですよ」


退屈な海上の暮らしの中で、ゴシップは何よりのご馳走だ。


2人が昨夜同じ部屋で眠り、朝食まで共にしたことは、この日のうちに飛翔の乗組員達の間に知れ渡ってしまっていた。


それは、総一郎の目論見通りであり、この日を境に翔一が嫌がらせを受けることは、グッと減って行った。




つづく