「うちの子が他所の子の髪を切った?」


それは、一本の電話から始まった。


幼稚園に預けていた息子の翔が、お友達の髪を工作バサミで切ってしまったと、園から連絡を受けたのだ。


幸い相手のお子さんにケガは無かったそうだけれど、櫻井佐智子は職場から、慌てて幼稚園に向かった。玄関に入るとすぐ担任の先生が彼女を出迎える。


「あっ、先生!お電話頂いて……」


「櫻井さん!ちょうど雅紀君のお母様も来られたところで……」


「雅紀君てまあ君の事ですよね?最近仲良くさせて頂いているとは聞いてましたけど、どうしてこんな事に」


「私達の監督不行き届きです。申し訳ありません。とにかくこちらへ」


案内された部屋の中には、翔と雅紀。それと、雅紀の母親、他に園長先生と担任の先生が神妙な顔で雅紀の母親と話し込んでいる。


そこに入って来た佐智子は一斉に視線を浴び、いたたまれない気持ちになった。


「おかあさん!」


翔が佐智子を見つけ駆け寄って来る。しゃがんで抱き上げると、翔は不思議そうな顔で佐智子を見上げた。


「もうおむかえ?きょうはやいね」


すぐ帰れると思っているのだろう。無邪気に笑う我が子を見て、佐智子の胸が苦しくなる。まだ髪を切ってしまったと言う、雅紀の顔をまともに見ていない。一体どんな風になっているのか、正直見るのは恐ろしい。


「まだお話があるから、ちょっとそこに座って待ってて。あの、先生、雅紀君の髪はどんな……」 


恐る恐る声を掛け雅紀を見る。しかし、息子が彼の髪のどこを切ったのか、佐智子にはよくわからない。これはどう言う事なのだろうか?


「櫻井さん。こちら、雅紀君のお母様です」


「はじめまして。翔の母です。この度は、息子が大変失礼な事を……」


「とんでもない!櫻井さん、ありがとうございます!」


「は?」


突然両手を握られ、御礼を言われてうろたえる佐智子。何故なの?怒られるんじゃないの?そしてお金払えとか言われるのでは?軽くパニック である。


「あの、どう言うことでしょう?」


雅紀の母が落ち着くと、佐智子はその感謝の事情を聞いた。雅紀の母(美智子)の話によると、雅紀は以前、カットの最中に少しカミソリで切って出血し、美容師が嫌いになってしまったと言う。


それからはカットに行きたがらず、困り果てていたところに、将来美容師になると言っていた翔が、雅紀の髪を切ると言い出し、本当に切ってしまったそうだ。




つづく