《 翔 》


突発性難聴を発症して3日目。


朝起きたら知らない天井だったので、自分が何処にいるのか分からなくて、しばらく考えた。


隣で誰か寝ている。だけどこれ、雅紀の気配じゃない……恐々目を開けると、可愛らしい犬が俺を見ていた。


『わんっ!』


思い出した!韓国旅行の代わりに、明石の雅紀の親戚の家に泊まって、大阪のコリアタウンに行く事にしたのだ。


犬が俺の顔を舐め出したので、降参して身体を起こし、カーテンを開けて背伸びをする。


穏やかな瀬戸内の海が見える絶好のロケーション。朝からこんな景色を独り占め出来るなんて、なかなか無い機会だ。


(散歩でもして来ようかな?)


不意に思い立ってフラリと庭から砂浜の見えた方に出た。雅紀に言わずに来たけど、スマートフォンを持ってるからいいだろうと、呑気に考えて。


左耳から聞こえていた、水の入った時のようにこもった音は、今日は全く聞こえない。日記アプリにそれを記録し、朝の薬も飲んで来た。 


此処は雅紀の母方の祖父母の家で、子供の頃には彼も何度か夏休みを過ごしたらしい。


昨夜は、二宮智さんと知り合った時のことを教えてもらった。今でも雅紀が彼を「おーちゃん」と呼ぶのは、その時の名残りだそうだ。


思い出すと頬が緩むのは、昔の話を教えてくれた彼が、とても優しい眼をしていたから。 


いつも雅紀は優しいし、優しい眼をしている。だけど、それが大切だと思う相手であればあるほど、その瞳の見せる優しさの色は深まるように見えた。


俺は、そんな彼の表情を見るのが、とても好きなのだ。

 


あまり自分の事を話してくれなかった、付き合い始めた頃。遊ばれているのではないかと、不安になって落ち込んでしまう事が度々あった。


けれど、自分が相葉財閥の人間であると言うことを教えてくれてから、雅紀は徐々に自分の事を話してくれるようになった。


それは、俺にとって嬉しい変化だった。


こんなに素直に愛情表現をしてくれる彼が、沢山の言えない秘密を抱えていて、なのに俺には言ってくれない。


俺はそんなに頼りなくて信じられない人間なのだろうか?そんな風に悩んだりして、落ち込む事が無くなった。 


財閥の孫の恋人として、自分が相応しいかどうか。そんな事を考えたりもしたけれど、どう足掻いても自分の背景を変える事は出来ないし、美容師と言う仕事に誇りを持っているから、その必要も無い。


海風に吹かれ、砂浜をぐるり歩いて帰ると、雅紀が小走りにやって来て、なんかすげえぐずぐず言ってる。どうも、思ったより心配させてしまったらしい。


「ごめんな、雅紀。だけど俺、雅紀が心配してくれるの、めちゃくちゃ嬉しいんだ」


正直に思った事を言うと、雅紀は困ったように笑って、俺を抱きしめ「ほんと、手のかかる人だなあ」と耳元で囁いた。





つづく