《小野》



佐倉の申し出はめちゃくちゃ嬉しかったし、付き合ってある程度の仲になっている俺なら、喜んでそれを受けていただろう。


しかし、俺達はまだ付き合い始めたばかりで、正直キスしかしていない。そして、ここは病院で、夜は1時間毎に巡回が来る。


それに、俺は自分がしてもらうより、したいと思う。この腕の中で、この手で、乱れる彼を見たいし独り占めしたいのだ。


「ありがとう、翔ちゃん。無茶苦茶嬉しいよ。嬉しいんだけど、今日はやめとくわ」


「え、いいの?」


「うん。ライブ終わったばっかで気持ちも落ち着かねえし、今日は色々あったしな。その代わり、手術が終わって、俺の体調が落ち着いたら、少しずつ色んなこといっぱいしよう」


「約束だよ?」


可愛いこと言うなあ。


「くそお、早く抱いて俺だけの翔ちゃんにしてえよ」


佐倉を抱きしめたまま、その耳元に呟く本音。本当は今すぐにだって抱いてしまいたい。


「智史さん、今夜はロマンチスト炸裂だね。あんまドキドキさせられたら、ほんと嬉しくて、こっちがキャパオーバーしそうなんだけど」


「それはお互い様だろ?キリがねえからやめとく」


怪我さえ無ければ、色んな事が出来たと思うけど、こればかりはどうしようもないし、やっぱり「初めて」は落ち着いてしたいと思う。




こうして延期した、俺達の初めては、ずいぶん後になってしまうのだが、後にとても素敵な思い出になって、俺達をより結びつける事になる。


靭帯の縫合手術を終えた後、俺はしばらく実家に帰って暮らすことに決めたのだが、それも良かったと思う。


実は外したギプスには文字が書かれていた。


『Ti auguro una vita lunga e felice』


調べてみるとイタリア語で、末永くお幸せにと言う事のようだ。


これを書いたのは“アキ”と佐倉が呼んでいた、彼しかいない。腹も立たないほど綺麗な顔をしていたが、中身も良いなんて許せん。写真を撮っておいたが、教えるのはもっと先にしようと思う。




つづく