《佐倉》


「佐倉さん。あの、これ、私の連絡先なんですけど、良かったら今度お食事でも……」


撮影後、年の近い女性からこっそり渡された、連絡先の書かれた愛らしい柄のメモ用紙。俺はそれをすぐ彼女に返してこう言う。


「大切な人が居るので、ごめんなさい」


秋人と関係を持ってから、仕事を共にした相手から連絡先を渡される事が増えた。だけど、俺はその全てを相手に返す事で、断ってしまっている。
 

秋人が大切な人と言う訳ではない。ただ、誰もあんな風に俺を労わったり、優しく包み込んではくれないだろう。本当の俺の事なんて知らないし、知ろうともしないから。
 

彼は、些細な会話の中から相手の心を読み、言って欲しい事やして欲しい事を叶える事に長けていた。だから居心地が良くてずっと居たくなるし、また会いたくなる。決して身体を満たす為だけではないのだ。


“久しぶりに会った恋人同士”


最初に設定したシュチュエーションのまま、俺は秋人に対価を払い、時折会い続けていた。時折になってしまうのは、秋人が人気のある男娼で、なかなか予約が取れないのと、俺の懐事情によるものが大きい。


表向きは“ICEエンターテイメント”としているそうだが、“高級娼館ICE”が実の所属になる彼の値段はかなり高額で、頑張っても月に一度が精一杯だ。


俺は無駄遣いしないよう気をつけ、娼館を使っている事がバレないよう、一括で高額の支払いをしないよう、部屋に現金を貯めるようになった。


支払いに足りるまで貯まると秋人に会い、甘く濃密な、それでいて癒やされるひと時を過ごす。そこで鋭気を養い、また彼に会う事を目標にして、俺の日々は成り立っていた。


性的な飢えと、精神的なストレスを同時に癒せる秋人のような存在は、非常に稀有なものだった。そして、秋人との出会い以降、恋人を作ろうとしなくなっていた俺は、そんな事にも気付かず、ある日突然窮地に立たされる。
 

「……秋人が辞めた?」


前に会った時には、辞めるなんて言ってなかった。あの後決めたのだろうか?いくら考えてもわからない。連絡先は、この仕事用の番号しか知らないから、俺は他に秋人に繋がる術を知らない。


突然彼を失くして、俺はいかに自分が秋人に大きく寄り掛かっていたかを、思い知る事になった。




つづく