*『緋色の金糸雀』旦那様の話
幼い頃、流行り病にかかった後遺症で、男として不能になった私は、年頃になっても好いた女性に受け入れてもらえず、次第に年下の少年に興味を持つようになった。
せめて他人に馬鹿にされぬようにと、勉学や仕事に打ち込んだ結果、それなりの地位を得て財を成し、豊かな暮らしを実現した私は、やがてある少年に出会う。
“リンゴは何にも言わないけれど、
りんごの気持ちはよくわかる”
戦後の街に溢れた孤児の中の一人が、リクエストされては歌い、僅かな金や食べ物を稼いでいた。まだ変声期前の少女のような声が美しい、雲雀かカナリアのような少年。それが、翔との出会いだった。
身寄りを亡くし、孤独で飢えていた彼に、甘い言葉を囁き、食べ物を与えて家に連れ帰ると、よろしくない手を使って家族にしてしまう。私にとってそれは、比較的簡単な事であった。
翔が利発な事には気付いていたが、私はわざと彼に教育を受けさせず、夜毎寝屋を共にしてはその無垢でまっさらな身体を開き、性的な快感を教え、快楽を刻み込んで行った。
しばらくして、私は翔に心惹かれている自分に気付いてしまう。しかしそれは、他人に知られてはいけない、秘密にせねばならぬものであった。
翔が私の大切な存在だと知られれば、彼は多くの人間の好奇な目に晒され、私を脅す為の材料にされてしまう。そんな事、あってはいけないのだ。
私はわざと翔を他の男に与え、少年嗜好の嗜虐的な人間だと、信頼できる使用人に吹聴して回らせ、自分を冷徹な悪人に仕立て上げて行った。
そうして何年も経ち、私達の前に大野が現れた。初めて見た時から、翔が彼に惹かれている事には気付いていた。大野もまた、同じように翔に惹かれているようだ。
三年半もの間引き離していても、大野と翔の気持ちは変わらなかった。翔を託すのに相応しい人物だと思った私は、いつか翔と暮らすつもりでいた須磨の平屋を大野に贈り、二人への餞別とした。
そうして私は、独りになった。
いや、翔の後がまにと手に入れた子がまだ居る。彼を解放してやらなければならないと考えていたある日のこと。
「僕、貴方とずっと居たいです。それはダメなのでしょうか?」
「朝陽(あさひ)、いいのか?私は年寄りで、その、男として……」
「そんなの気にしてません。身を繋がずとも、愛し合う事は出来ますよね?」
「参ったな……」
私は彼を抱き寄せると、馬鹿な奴だと笑う。すると、彼は嬉しそうに私を見つめ、悪戯っぽく笑って私の唇を素早く掠め取った。
【完】