翌日の早朝、俺は翔と一緒に屋敷を出た。


昨日のうちに荷造りは済ませていて、旦那様への挨拶も済ませている。新しい金糸雀が居るからか、思ったより随分旦那様はあっさりしていて、拍子抜けするほどであった。


「大野、たまには手紙でも寄越せよ」


松本は医師の二宮先生と見送りに来てくれ、俺達の門出を祝ってくれる。松本と抱き合って別れを惜しみ、二宮先生にお礼を言うと、俺達は大阪に向かう汽車に乗り込んだ。


「智さん、何処へ行くの?」


行く宛はあるのかと聞きたいのだろう。翔の言う事は最もだ。しかし実は昨日、旦那様から俺は餞別をもらっていた。それが須磨にある一軒家と、俺の戸籍に翔の名前も載っている戸籍謄本だ。


しかも、俺と翔の通帳まで。
そこには、俺達が社員として働いた給料が、毎月振り込まれていた。給料が少ないと思っていたが、半分はこの通帳に入っていたのか。翔については、中学を卒業してからで、かなりの金額が入っている。


『旦那様、こんなに頂けません。これでは貰いすぎです』


しかし旦那様は「退職金だ」と引かず、俺は恐縮しつつもそれを頂くことにした。三年身を粉にして働きはしたけれど、それでもこれはとんでもない退職金だ。


長い旅路の中で、翔にそれを話してやると、翔はとても驚き、複雑そうな面持ちになった。しかし、長く汽車に揺られていると眠くなるようで、途中から俺にもたれ掛かり寝入ってしまった。


ここからは俺の推測なのだが、旦那様は本当は翔を愛しておられたのだ。しかし、不能なだけでなく、時代と仕事柄あの生き方をして来て、素直に翔にそれを言えなかった。


自分の代わりに翔を可愛がると言うのも、本当はそこまでして、翔を心から愛してくれる相手を探していたのではないだろうか?色々と捻じ曲がり過ぎていて、微塵も解らなかったが。


(旦那様の宝物、この大野が必ず幸せにします故、どうかご安心下さい)


穏やかな寝息を立てる翔の愛らしい顔を見つめながら、俺はこの先家族として彼と生きられる喜びをしみじみと噛み締める。そうして、いつしか彼の手を握りながら、明日からの暮らしを思い描き、喜びの余り一時も眠れず車窓からの景色をずっと眺めていた。


哀しくさえずる緋色の金糸雀は、
もう何処にも居ない。


青い鳥が生涯寄り添い、
絶え間なく愛し続けるから。





【完】