《翔》



その数日後に、僕は旦那様から別の部屋を与えられた。


そして、使用人として屋敷内の掃除やマナーなど、様々なことを身につける事になった。勉強も続けさせてもらい、元居たあの部屋で見知らぬ男に辱めを受ける事もない。


旦那様は新しい金糸雀を手に入れたようで、僕にはあまり関わらぬようにされている様子だった。夜になると時折あの部屋から、甲高い悲鳴が微かに聴こえて来る。


そんな時には、智さんからもらったあの手紙を入れた御守りを抱きしめて眠った。彼は殆ど来なくなっていたけれど、弁護士になる試験を受けるそうで、それが終わるまでは、まともに会えないかもしれぬと聞いていた。


屋敷の使用人達は、無知な僕に様々な事を教えてくれた。そして、一通りのことが出来るようになると、食事の作り方も覚えられるよう、厨房でも働かせてくれた。


食器を洗ったり拭いたり、覚える事もやる事も沢山ある。ちょっとは虐められる事もあったけど、それでも今迄の事を思えば何倍も良い。毎日が楽しくて、僕はどんどん仕事を覚えて行った。


季節は巡り、いつしかすっかり智さんからの便りは途絶え、僕は旦那様からも智さんからも見捨てられた可哀想な子として、すっかり屋敷内の人間に思い込まれていた。


けれど智さんは、前に会った時、別れ際にこう言ってくれていた。


「いつとは約束出来ぬが、必ず迎えに来る」


待っていて欲しいとは、さすがに言えなかったのだろう。不器用で正直な人だ。だから僕は、あの人を待たないと決めたのだ。


此処に居るのは自分の意思で、今は独り立ちする為の準備をしていると思えばいい。あの人が迎えに来ると言ってくれたからとて、何もかもあの人の責任にしたくはない。


そうして、気付けば僕はすっかり大人になり、最後に智さんと会ってから、三年半もの月日が流れていた。





つづく