《翔》
智さんに好意を告げられた時、最初は驚くあまり聞こえない振りをして誤魔化した。
ニ度目はそうもいかず、信じられないと正直に言って逃げ出した。しかし、まさか三度目があるとは、思いも寄らなかった。
何も知らない頃なら、無邪気にあの人を信じられた。だけど今は、そうは行かない。智さんに心惹かれているなど、バレたら旦那様がどう思われるか。
其処に彼を巻き込みたくない。ただでさえ勉学まで見て頂いているのに、これ以上あの人に迷惑をかけるような事はしたくない。
けれど、思わぬほど真っ直ぐな方法で彼は僕に、自らの狂おしい胸の内を届けて来た。
美しい千代紙に書かれた短く愛を告げる手紙。それを僕は、彼から直に手渡しで受け取った。
“この前は申し訳なかった。それでも俺は君が好きだ。君が俺の事をどう思っているのか、次に会えたら教えて欲しい”
堪えようと思ったけれど、どうしても出来なかった。旦那様が不在だった事もあって、幼い子どものように僕は泣いてしまう。
そんな僕の本心を知りたがっていた彼に、僕は初めてきちんと自分の気持ちを言葉にして伝えた。
「すき。ぼく、あなたが好きです」
ところが、次に彼は意外な事を言い出した。
「王子様よりも?」
まさかそんな事を気にしていたなんて。
「あれは、あなたに妬いて欲しくて……」
こんな事、言うつもりでは無かった。けれど、それは逆に彼を喜ばせる事になったようだ。繰り返し睦言を強請る彼に、恥ずかしくなって僕は口を噤む事にした。
「……もう言いません」
けれど、彼の瞳は甘く優しい恋人のもので、僕の顎を掬い上げると唇をそっと啄み、小鳥のような接吻を何度もくれる。
吐く息が熱を帯び、想いが通じた喜びに瞳が潤んで行く。僕達は互いに服を脱がせ合い、戯れ合う仔犬みたいにベッドに雪崩れ込んで、いつになく性急に求め合う。
軋むベッドの上で、嵐に揺れ動く小舟のように、僕は激しく揺さぶられる。そんな僕の頭上で揺らぐシャンデリアの鳴る音が、いつまでも美しく聴こえていた。
この夜、智さんは旦那様に話があると言い、初めて屋敷に泊まったのだけれど、その内容については今は話せないと言い、何も教えてはもらえなかった。
ただ、この日を境に、僕の暮らしはこれまでと大きく変わって行くことになる。
つづく