今日は、一人で公園に行ってみましたクローバー


思った以上に人がいなくて、何だか別世界(別次元?)みたいだったキラキラ(家に帰って時計を見たら、思ってたより時間が経ってなくて。。。本当に別次元だったのかも(笑))


この、大きな木が好きなのですおねがい
(私は、うっかりすると、街路樹にも話しかけてしまう人です(笑))


コダマちゃん(もののけ姫の)になった気がしたよハート

 

学生の頃は、受験勉強。
就職してからは、仕事。
結婚してからは、主婦業と子育て。
そして、自分の仕事やスキルアップのための勉強。

 

こうした時間こそが「有意義」であり、


ぼーっとする時間
なんとなくぶらぶらする時間


は、無駄な時間だという刷り込みが、もう、本当に深いところまで浸透していた。

 

だから、

ワクワクすること、嬉しいことをしよう!

と、人生のかじを切った後も、実は、
「有意義」なことのなかで、ワクワクを見つけよう
としていた。

 

有意義って、何?

 

それは、たぶん、どこかほかのところからきた基準。
両親や社会に認められるための基準。

 

「生産性」のないこと、「将来の理想の自分」につながらないことは、最初から選択肢に入ってなかった。

 

本を読む
記録する
勉強する
ブログなどで発信する

 

こうしたことは、ワクワクする上、「有意義」なので、オッケー。

 

でも、

 

公園で、ぼーっとする
木と、話す(笑)
昼寝する

 

こうしたことは、私の中でタブーだった。

本当に、「なにかのついで」とか、「子供が行きたいというので」とか、何かしら理由がないと、自分に許してこなかった。

 

無駄な時間だと。

 

もう、やめよう。
もう、コダマちゃんでいい(笑)