満たされないのか、響かないのか、どうでもよくなったのか、これって何かなぁ。
あたしがもっともっと求めればよかったのかなぁ。
これでだいたい合ってるのかなぁ。

なんだかわからないけど久しぶりに会えて嬉しかったと思うんだけど、
なんかうきうきキャピキャピする感じじゃないな…
なんだろな…
もやっとした感じだけ
が残る。でも帰る。
愛がないと言えるが、
彼はあたしではないのだし、実は決してそうではない、
もっと深いところでは考えているけれど、
今がんばりたいのはそこじゃない、正直余裕がない、
そこにエネルギーを割きたいんじゃないんだ。
つらい思いをさせているかもしれないが、一つ一つ相手にして君を満足させるために僕がいるんじゃないんだ。


ってことかな?
っていう推測が成り立ちます。

ってことかな?

そうだねきっと君は、
君にしかできないことがあるんだ。
いや誰にでもあるんだけど、
君の場合はその「君にしか」の部分がもう本当に決定的にそうなんだ。
いや、
そうしたいんだ。
そのための努力なんでしょ?きっと、そういうふうになりたいし、なるために今が必要なんだ。


ってことかな?


でもね、一人で生きていくにはそれでいいかもしれないけど、
誰かと生きていくにはそれだけじゃだめだと思う。

でもきっとそれもわかってる。
ただ、今はその時期じゃない。余裕がない。
そういうこと。そういうこと。かな?



あたしはあたしの日々や生活を、薄くならないよう犠牲にしないようこれからも生きていく。
けれどもあなたが好き。すきよって思う。
それもきっとあたしの生活の一部なんだわ、あくまで一部だけれど。
そしてあたしはあたしの全ての生活がとても大切、こうしている時間もあなたを思うことも仕事してるときも、
そういうものにわたしはなりたい。



あれ、最後がぱくりみたいになったぞ
あんまり悩んで、悩んで悩んで答えが出ずに、
沈んで沈んで、沈み込んで、
それでも逃げずにとことん考えて考えて考え抜くのが私のスタイルでした。

でもさぁ一向に答えなんて出なくて、
その間はつらいし苦しいし、
そこに割く時間、費やすエネルギーが大きくなればなるほど、
答えにたどり着かないことがまた重くのしかかってきてもう最悪、悪循環、ぐるぐるもうだめ~
ってよくなりました。


でも本当に自分が納得する答えにたどり着くときって、いつも突然やってくるのだ。
なにげなく読んでいた本の一文、なんとなく見た映画の主人公のセリフ、iPodをシャッフルにしたらたまたまかかった曲のフレーズ、
などに
はっ
と気付かされて全てが自分の中で解決に結び付いたりする。
とにかく自分の目の前のことに一生懸命になってみる。
彼によってつくられている自分でなく本来あるはずの自分の時間に帰る。
それで自分の時間に夢中になる。心から楽しいと思うことをする。
そうやって生活していると、感覚とかが冴えてくる。なんだー、本来あるべき自分ってけっこういいやつだ。素敵だ。
だってそうやってぼんやりお風呂入ったり、
帰り道の途中だったり、
何気ないときに、
あ、そうか。これだ。

っていう答えがおりてくる。わかる。

悩んでいる私、私は勝手に小さくなったりいじけたり卑屈になったりして感覚が鈍る、そんなときにひねりだした答えは表面的だしすぐに吹き飛ぶんだわ。


あたしはあたしの毎日を過ごす。仕事だってけっこう楽しく、かつがんばっているほう。
そうやって夢中になったってなんだって、
どうしたって今のあたしの生活には、余裕が生まれるの。
その時間に君を思うの。
ふっと聞いたり感じたりしたくなる。

だから君が、そんな風に思ってくれる瞬間が一日のなかにはほとんどなくて、
夢中になっていることや楽しいことが別にあるんだとすれば
さみしいかなしいとずっと思ってきたが、
そもそも君とあたしは根本的な生活リズムが違うのだ。
仕事のがんばる方向性、とか求められるものの質、とか責任感とかも大幅に違うのだ。
だから相手によりかかる割合、自分のなかに占めるいろいろなことの割合が違う。

簡単に言いますと価値観の違いです。


だとしたら、そういうところで愛をはかろうとしても君は苦しくなるだろうね。

って思えば納得する。

彼があたしと同じ価値観を持っていたとすれば、今の状況には