WANDS第5期活動終了…なぜ歴代ボーカルの壁を越えられなかったのか | 書きたいことを書くだけさ

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WANDS第5期の活動終了が発表された。

個人的な印象として、やはりWANDSと聞くと真っ先に思い浮かぶのは初代ボーカル・上杉昇さんの歌声だ。1990年代に社会現象ともいえるほどの人気を誇っただけに、「WANDS=上杉昇」というイメージは今でも非常に強い。

もちろん、ボーカル交代を経ても活動を続けるバンドは珍しくない。日本ではLOUDNESS、海外ではDeep Purpleなども、メンバー交代を重ねながら長年活動を続けている。

しかし、WANDSの場合は1990年代の成功があまりにも大きすぎた。そのため、どれだけ新しいボーカルが努力しても、どうしても過去と比較されてしまう宿命を背負っていたように思う。

WANDSという名前はビーイングが商標を保有しているため、歴代メンバーが自由に名乗ることはできない。その結果、「WANDS」というブランドだけが残り、時代ごとにボーカルが交代する形になった。

第5期のボーカル・上原大史さんも、高い歌唱力でWANDSの楽曲を歌い続けてきた。決して実力不足だったとは思わない。しかし、上杉昇さんが築き上げたイメージを超えることは、誰であっても簡単ではなかっただろう。

さらに難しかったのは、ライブやテレビで過去の代表曲を歌う機会が非常に多かったことだ。

過去の名曲を現在のメンバーで披露し、新しいアレンジを加える試みは決して悪いことではない。しかし、原曲の完成度が高く、多くのファンの思い出と結び付いているため、どうしても昔と比較されてしまう。

新しいWANDSとして評価してほしくても、話題になるのは「昔と比べてどうか」という点ばかり。それでは、新しい活動を続ける側としては大きなフラストレーションがあったのではないかと感じる。

来年3月のラストツアー終了後、新たなボーカルを迎えて第6期として活動を続けるのか、それともWANDSとしての活動に一区切りをつけるのかは現時点では分からない。

しかし個人的には、これ以上ボーカルを交代してまでWANDSという名前を続ける必要はないのではないかと思っている。

もし上原さんが全く別のバンドのボーカルとしてデビューしていたなら、また違った評価を受けていた可能性は十分にあったはずだ。しかし「WANDS」という看板を背負ったことで、常に過去の栄光と比較され続けることになった。

第5期のサウンドもビーイングらしい魅力があり、オリジナル曲にも良い作品は多かった。それでも世間の注目はどうしても90年代のヒット曲へ向かい、テレビでも過去の代表曲を求められる場面が目立っていた。その姿を見ていると、上原さんにとっては少しかわいそうな環境だったようにも感じる。

WANDSという名前には、それだけ大きな歴史と重みがある。だからこそ、第5期の活動終了は、一つの時代の区切りとして受け止めたい。