パチンコをやるときに自分で決めていたことは、ただ一つ。「1台につき5000円まで。それが飲まれたら即退店する」。このルールだけは必ず守っていた。5000円で当たれば、その台が終わるまで打つ。それ以上は追わないと決めていた。
所詮ギャンブルだから、負けて当たり前。勝てた日は「今日は運が良かった」と胸をなでおろす程度で、換金したお金は飲み代や平日の昼食代に回していた。ある程度大人になってからパチンコを始めたのは、今思えば良かったと思う。もしもっと若い頃にビギナーズラックで大勝していたら、きっとハマっていただろう。
パチンコを打ちたい衝動が湧くのは、会社帰りや休日の夕方くらい。開店前から並んで狙い台を確保するような“猛者”たちのように、そこまでの情熱はなかった。ほかにも趣味があって気持ちが分散していたのも、のめり込まずに済んだ理由だと思う。
当時好きだった台は「お天気スタジオ」。なぜか座るとよく出てくれた台で、相性が良かったのか、たまたま前の人が諦めた直後に運が回ってきただけなのかは分からないが、とにかく良い思いをさせてもらった。
すでに「海物語」も人気だったが、自分は一度打ったかどうかという程度で、なぜあれほどハマる人が多いのか不思議だった。
秋葉原にはサービスの良いパチンコ店もあった。ある日、衝動的に入店して打っていると、店員がヤクルトを差し出してきた。「サービスです」と言われて驚いた。飲み物を提供する店なんて初めてで、秋葉原らしく差別化を狙っているのかと思ったものだ。
最後に打ったのはAKBのパチンコ台。それを境にパチンコからは自然と離れていった。コロナがなければ、今でもふと「打ちたいな」と思う瞬間があったかもしれない。