バカ正直というか。
周りは成長するにつれ、だんだんと世間慣れしていって、「暗黙の了解」やずるいことを平気でやるようになる。
それが私にはできなかった。
自分が「バカ正直」だということに気付いたのは高校生の頃。
周りは大人になる頃、です。
それが私にはできなかった。
その頃はそんな自分が嫌でした。
例えば、ある人に用があったとします。
今すぐにでもその人と話をしなくてはいけない。
学校の帰りにその人を見かけたとします。
すると私はその人が今デート中だろうがなんだろうが、話をしにいってしまったり。
それを周りに止められてようやく気付く、みたいな。
またある人がからかって嘘をついたとします。
私はそれをすぐ信じてしまう。
だからそんな自分を変えたかった。
それが大人というものなんだろう、と思ったんです。
でも私にはそれはできなかった。
ある程度は慣れましたが、からかうとかそういうことはあまりできませんでした。
でも今思うとそれで良かったと思います。
他人をからかって自分だけ喜んでどこが面白いんでしょう?
バカ正直のどこが悪いんでしょう?
バカ正直ってことは真っ直ぐにものを見る、ということです。
それで良かった、と今は思っています。
だから今でも他人をからかったりする人は嫌いです。
他人の弱いところをネタにしてどこが面白いんでしょう?
まったく理解できない。
真っ直ぐにものをみてきたからこそ、私は自分のやりたいことをやってこれたと思っています。
他人をからかったりするような人はどこかで人生曲がります。
それが人生の鉄則だからです。
今はそんな人を見ると可哀想だなと思ってしまう。
でも可哀想だけどお近づきにはなりたくありません。
関わりたくない。
そんな波動の低い人とは関わらないに越したことはない。
こっちの波動まで下がってしまう。
私みたいな人間は子どもからすると「絶好のいじめの対象」なのかもしれません。
何を言ってもバカ正直に受け取りますから、からかいのいい対象になる。
普通ならそれで負けてしまい、引っ込んだ人間になってしまっていたかもしれません。
でも私にはギターがあった。
ギターを弾かせればからかってた連中でも黙るくらい。
それが私を強くしました。
これがあれば絶対に負けない。
そう思えた。
だから余計に練習したんでしょう。
そんな他人を陥れて喜んでる奴らに負けなくなかった。
いじめが私を強くしたのかもしれませんね。
実際、高校の時は誰にも負けませんでしたから。
私の出た高校は埼玉の北部にある高校で、当時はリーゼントとかをした連中も多かった。
それは好きでやってるんだからべつに良いんです。
でもそういう連中が私のところへきて「横浜銀蝿のギター教えろ」とか言ってきたり。
今思うと、それが人にものを頼む言い方かよ?って思いますけど、怖かったですから。笑
昼休みは拉致されてギターのレッスン。
やってると「それじゃわかんねえんだよ!」と怒られたり。笑
日曜にうちでギター弾いてると電話かかってきて「あのぅ、俺〇〇と言いますけどぉ、今度バンドやろうと思うんでぇ、ギター弾いてもらいたいんすけどぉ。」とか知らない人から頼まれたり。
で、バイクで向かいに来られて後ろにギター抱えてつかまってその人の家まで行ったりしたこともありました。
そんなことがあると「もう誰にも負けない」と思えるようになれたんです。
だから若い人で少しいじけちゃってるような感じのする人みると「頑張れ!」って言いたくなっちゃいますね。
若い頃はとにかく素直であればあるほど、いじめられたりしやすい。
それが積もると、そうでなくても本当に自分はダメな人間なんだと思ってきてしまう。
あのね、他人をからかったりするようなやつのほうがダメなやつなの。
ダメなやつほど他人をからかったりすることで自分を優位に立たせようとするの。
素直のどこが悪いの?
素敵なことじゃない。
胸張って、自分の好きなことを徹底的にやりましょう。
そうすればきっと周りはそれを認めざるを得なくなってくる。
そうすればもう誰にも負けない、という自信がつく。
負けないで!
と言いたくなってしまいます。
そういうことの見本みたいなやつがいるじゃないですか。
ちゃんと。
イチローとか松井とかがなぜすごいか?
他人をからかったりしないから、です。
真っ直ぐに自分のやることだけを考えて努力したから、です。
その結果が形になっただけ。
そんな暗黙の了解とか大人のずるさなんて知らなくて良いんですよ。
そういうことの権化みたいなのが総理やってるじゃないですか。
今だに自分だけが良い思いをしようとまるで子どもみたいなことを金を使って大人レベルでやってる。
それがもうバレてるから世界からは相手にされない。
国民には報道も丸め込むことでそれを知らせないようにしてる。
それを信じる国民もまた頭が悪過ぎです。
ア○ノミクスがあなたに何をしてくれたっていうんでしょう?
税金むしり取ってるだけでしょう?
そのうち「ここ歩いたら金払え!」とか「酸素吸うなら金払え!」とか言い出すレベルです。
そんな人達が国を仕切ってる。
おかげでこのあと誰に代わっても当分ひどい国のままです。
あ、すいません、また話が逸れました。
私はまだ聖人にはなれませんから、昔私をからかっていたやつに久しぶりにあってなんかしょぼくれてると少し「ざまあみろ」と思ってしまいます。
当分神様にはなれないですね。
でも最近はなぜそうなるのか?少しわかってきたので、それほどは思わなくなりました。
魂の修行が足りないんです。
他人を陥れて楽しむような人は。
まだまだこれからいろんなことを経験して磨いていかないといけない。
中には苦労をして魂磨いて成長する人もいます。
辛い思いをしてる人。
あなたはそれだけずっと周りより魂を磨いてきた。
それに気付かないから苦労をしてるだけ。
自分まで諦めないで欲しい。
自分を信じることが幸せの第一歩だから。
やっとそう思えるようになったんですよ。
それも今が幸せだから、ですね。
幸せって別にお金がないと幸せになれないわけじゃないと思います。
そんな低次元のものじゃない。
もちろんあるに越したことはない。
でもそれが幸せの条件じゃない。
幸せはまずは「自分を知ること」なのかな?
それがわかれば自分を否定しなくなります。
するとなぜ今まで辛かったのか?とかそういうことも理解できるようになる。
それがわかると、だんだん周りに感謝できるようになる。
あ、この人のおかげで自分はこうなれたんだな、とか。
だから今は私をいじめた人にも感謝してるかな。
あなた達がいたから私はギターを必死に弾いてきた、と思えますから。
そう、私にはギターは楽しむだけじゃないんです。
自分を守ることだったり、自分を信じることだったり。
楽しむだけでやってたらたぶん仕事にはできないのかもしれませんね。
楽しむだけだと頑張れないんですよ。
苦しい時、辛い時に一人で聴いたLET IT BEに救われたから頑張ろうと思ったり。
何度もマイケルのギター聴いてボロボロ泣いてたり。
スティービーの歌聴いてただ泣いてたり。
そんな時があったから頑張ろうと思った。
好きなだけ、じゃだめなんですよ。
音楽に救われたという記憶がないと。
救われたと思うから、自分も今度は誰かを救えるようになりたいと思う。
そのために頑張る。
昔、聴いたことがあります。
オーディションで審査員に質問されました。
「あなたはなぜ歌手になりたいと思ったんですか?」
ある人は「歌うことが好きだからです。」と言いました。
ある人は「うちは貧乏で歌でお金を稼いで親を楽にさせたいと思ったからです。」
さて、このどちらが歌手になれるでしょう?
答えは上に書いたことです。
ただ好きなだけ、じゃだめなんですよ。
それで「したい何か?」がないと。
そういうことです。
好き嫌いだけでは、疲れたり辛い時には受け身になってしまいます。
それでは仕事にはできないでしょうね。
頑張りきれないんですよ、それだけじゃ。
辛い時に歯を食いしばって「この野郎!」と思いながらひたすらに弾くとか、そういうことがないと頑張りきれないんです。
あ、またなんか話が変わってますが。笑
でも今日の話の本題は「バカ正直でどこが悪い?」ですからそんなにはずれてないですね。
バカ正直くらいじゃないと学生の頃からの夢をずっと追いかけたりできるわけないじゃないですか。
才能がある、ない、じゃないんですよ。
要はどれだけ夢中になってバカになれるか?です。
バカ正直、大いにけっこう!
バカ正直、万歳!