本物に触れさせるのは大人の責任 | ギター奏法における主観的観測、、ともろもろ!

ギター奏法における主観的観測、、ともろもろ!

数年、ギタリストとして、講師として感じた事や経験に基づく、ごく主観的なギター奏法についての考えや
ギターにまつわるいろんな事についてのブログです。
たまにはギターには関係ない事も...。

先日、とある人と「感覚は子どもの時に本物に触れさせる事が非常に重要」という話をしました。

 

例えば「味覚」。

 

この話は先日も少しここに書きました。

今のお母さん達は私が子どもの頃より忙しい。
たいてい共働きです。

だからつい子どもの食事を簡単にしてしまいがち。

 

でもこれってどうなんでしょう?

この問題は全部お母さんの責任じゃないと思うんです。

お母さんに食事を作る労力を与えるのはお父さんな気がします。

私の母は私が子どもの頃は専業主婦でした。

ということはやはり父親がそれだけ働いていました。

仕事で疲れて、時にはうちでストレス発散したくもなるでしょう。

でも母は働かせなかった。

 

でもこれももっというとそれを許さない社会のありかたの責任だと思います。

お父さんの収入だけで家族が十分に食べていける社会。

それを作るのが政治の責任。

 

おい、政治家!お前ら何やってんだ!

セクハラとか収賄とかやる前に国民のために仕事しろ!

自分らのことばかり考えやがって!

みんなが生きやすい世の中を作るのがあんたらの仕事だ!
お前らがやってんのは逆に国民から税金巻き上げる事ばかり考えてまったく逆なんだよ!

できないならさっさと辞めちまえ!

 

とほざきたくもなるわけです。

 

はい、少し気持を落ち着けて。

 

子どもの頃からインスタント食品やファーストフードを食べさせる。

これがどれだけ人間をダメにしていくのかわかっているんでしょうか?

まだ味覚がちゃんとしないうちにあんな味の濃い物を食べたら全部それになってしまう。

甘いってどういうこと?塩辛いってどういうこと?ってわからないままてんこ盛りになった添加物にまみれてしまう。

すると当然本当に美味しい物はわからない。

うちに来てる少年のお母さんはちゃんと「まだ生ものは与えてないので」というようにちゃんと考えて育てている。

人間、食べることは生きる源です。

それがちゃんとできなくてちゃんと生きていけるわけありません。

それはまずお母さんの責任です。

そんな物食べさせておいて、やれ花粉症だアレルギーだっておかしいと思ってしまいます。

だって昔は花粉症ってなかったですよね?

なぜそうなるのかわかりませんが食べ物で健康な身体を作っていかないとちゃんといきていけるわけないじゃないですか!

もちろんちゃんと今でも料理して子どもにいい物を食べさせているお母さんもいるわけですから、できないはいい訳だと思います。

まぁ、その前にもう自分も本当に美味しい物を知らずに育ったんだと思いますが。

 

お母さん達、がんばってください!

 

音楽もそうです。

今は子どもの見る番組の音楽がまったく良くない。

仮面ライダーにせよウルトラマンにせよ。

ぐちゃぐちゃし過ぎです。

 

音も料理もちゃんとわかっている人が少しづつ加減して加えていかないとただの「薄いもの」になってしまう。

 

例えば何かの曲のコードをギターやピアノでトライアドの状態だけで何度も味わいながら弾いているといい曲のコード進行は本当に美しいなぁと思います。

トライアドの美しさがわかった上で7度音やテンションが入るとほんとに驚きです。

ですがそれに慣れてしまうとただの色の薄まったものになってしまう。

 

メージャー・トライアドを「赤」とすると、それに長7度か短7度を加えるとメージャーセブンスとセブンス・コードができます。

この二つはメージャー・トライアドが元になっている。

でも7度音が加わると実はルート音、3度音、5度音のトライアドの他にもう一つ3度音、Ⅴ同音、7度音でもトライアドができます。

メージャーセブンスはルート音、3度音、5度音ではメージャー・トライアドですが3度音、5度音、7度音ではマイナー・トライアドができる。

そう、メージャーセブンスはメージャー・トライアドよりも「明るさ」が薄いんです。

 

セブンスはメージャー・トライアドと上にはディミニッシュ・トライアドができます。

4声のコードは二つのトライアドの側面を持っている。

片方にディミニッシュかオーギュメントが入っているコードは不安定な響きに聴こえる。

 

多くの人はメージャーとマイナーの響きしかわからない。

でもそれは厳密にいうとメージャーとマイナーもよくわからないからディミニッシュとオーギュメントはまったくよくわからない。

メージャーとマイナーがしっかりわかればディミニッシュだってオーギュメントだって美しいと思う筈です。

それは子どもの頃から「ぐちゃぐちゃした響きの音楽」を聴いて育つから、ということにも原因があると思います。

 

味覚がお母さんの責任なら、これは「子どもに聴かせる音楽を作る側の責任」でしょうね。

それだけ心して作らなければいけないのに大人が聴く物と同じ物を子どもに聴かせてしまう。

それは子どもに味の濃い物や刺激の多いものを食べさせるようなものです。

アニメやヒーロー物の音楽を作る人はもっと自覚を持って作るべきだと思います。

 

 

私、子どもにもっと身近でいい音楽を聴かせたいんです。

マーシャルの前に子ども立たせてグワーンと弾いてその振動を感じてもらう。

それを知らずにマーシャル弾くから単にうるさい音のするアンプだと思ってしまう。

 

いい音楽、美味しい料理と同じで良い音はちゃんとした人が弾いて聴かせないとだめです。

アマチュアの人じゃだめなんですよ。申し訳ないけど。

ちゃんと楽器鳴らせられないからアマチュアなんですから。

料理のうまいお母さんの子どもは大きくなってから自分でおいしい料理を作れるようになる。

それと同じです。

だから子どもに良い音を、いい音楽を聴かせたい。

 

それも私の使命の一つかなぁ、と思っています。