SWAY LIFE -32ページ目

短編 喫驚(きっきん)のちっ居(ちっきょ)。

>それはいつからか。

>僕だけではなく、それは世界に蔓延っていて厭世を抱いている。

>誰もが息詰まりで縊死してしまいそうな位糞尿に汚染されたような野鄙(やひ)な臭いを露呈し、弱い部分の露見に畏怖する殆んど白痴の様な精神状態の微妙な平静を保持している。
>他人の侮蔑と自己嫌悪に怯懦している心理の捕囚の嫌いが悲哀を誇張する。

だからとりあえず、知識をつける。
とりあえず、資格を取る。
とりあえずで生きる。

逼迫による焦燥感と逼塞による更なる厭世。

短編 虚無感と思考

脇息をつく。
半跏をかく。
腕を組む。
突然の空虚。
曇り空の雲の端が赤く焼ける夕暮の黄昏に突飛に物憂げの心許なさが闖入(ちんにゅう)する。
その煽られる様に蠱惑する雰囲気に辟易し、思考が擱坐(かくざ)する。
それが、憂いの堰をこわし洪水の様に溢れかえる。
そんな蠢動(しゅんどう)がある。
目的がない。
目的がないのは何故だろう。
それを暈し濁すのが大人の狡猾だ。
イカサマである。

生きているんだからイカサマをしているんだよ。太宰治。

何故生きているのかそれが全然わからないのです。
太宰治。

短編 内省的と能動的。

>僕が働きかけるものは内省的な、自己批判的ものが多い。
僕は自分が嫌いになる時があるとは言わない。
人が僕は非難しても僕は省察するだけで、自己嫌悪に傾向してはいかない。
それで僕に誤謬がなければ、僕を非難した奴を陋劣に思う。
他人を無意味に侮蔑し、愁憂と悲哀を思わせた訳だから。

だけど、自分の魯鈍な部分に気が付くとやはり自己嫌悪したくなったりもする。
恰もそれが摂理の様に。
自己嫌悪をする事が、一つの救いの光明となり、それが自分を均衡に保つ為の手段となっている。
だけど、僕は自己嫌悪する必要はないのだ。
確かに間違いかもしれぬ事物かも知れぬが、それに気付き省察し悔悟するのであれば、それは嫌悪すべきではない。
嫌悪すべき時は自分ではなく他人でなけれはならない。
そう思えるエゴ持つべきだ。
そう思える様に他人を観察し、己が真を汚さぬ様にしなければ、それはただの傀儡でしかない。
いつも被害者になる人は、自己主張する権利を忘却してしまっている。
君には人権がある。
自衛隊だろうが、警察庁だろうが。
傀儡じゃないんだ。
社会に合わせる必要はない。
自分に社会を合わせて良いんだ。
ただ、真とは何かを見極めなければならない。
性悪説では駄目だ。
だけど、何時も被害者な君ならそんな杞憂はいらないね。
君は多分、全ての弱い人を共感できる即物的な人だから。
思辨だけでなく、先蹤(せんしょう)を鑑みれるよ。