重用の節句合格
窓の外から虫の声が聞こえています。
ああ沁々と秋ですね.......


        「 時の彼方で」 ギリシャ編 第二章 出逢い 7

 扇形に広がる階段状の客席を備えた劇場では、イリアスの詩が朗読されている。
 最終日までの八日間は、アテネ市街が一年で一番賑わう時である。競馬、陸上競技、奏楽、劇などが毎日行われ、アゴラには近隣からのみならず、珍しいアジアの国々からも商人がやって来て大きな市が立ち、市民はそれらに夢中になるのである。
 最終日には捧げ物の牛を引き連れ、女神アテナの衣装を献じる為長い行列が神殿目指してアクロポリスを上っていく。
 その時までは、富裕層以外の市民たちは日頃余り口にできない肉料理に舌鼓を打ち、宴に打ち興じるのだった。
 いよいよ最終日になり、行列がアクロポリスを上り神殿に入る。
 神殿に奉られたアテナ像に、新しく織り上げられたオリュンポス神話をモチーフに、ゼウス神とアポロン神のお姿を配したペプロスが着せ掛けられると、その織物の見事さに感動と称賛の声が上がった。
 ペプロスを織り上げて四年間の織姫役を無事に務め上げた少女達が、神前に並んで跪くと、神官が立って葡萄やオリーブ等色々な奉納品の置かれた台座前で一礼し、祈りに入った。
 民衆の中に混じって、カナリーと親方の姿があった。

 神官の祈りが終わると、厳粛な空気の中に緊張が走った。集った人々の注目が神官一人に集まった。
 高らかに奏上する神官の声は朗々と神殿内に響き渡る。
「女神アテナ様にご奉納せしぺプロスにて、聖なるご奉仕を尽くした織姫達に幸いあれ」
 織姫達を称える言葉が終ると、織姫達に満場の拍手が送られた。
 少女達の顔は、大役を果たした後の清々しい笑みと誇りで輝いていた。
 輝かしい笑顔の少女達の姿は、カナリーの瞳にとても眩しく映った。

 やがて、神官の右手が振られると、彼女達はその場から下がり民衆の中に消えた。
 神官は更に朗々と告げる。
「今年を始めとする次なる四年間の織姫は、リオラ、ステラ、アルテシア......とする」
 ワッと歓声があがった。新しく選ばれた中からリオラという少女が、代表して台座前に平伏した。

 親方に手を引かれるままに神殿を出たカナリーは、再びアゴラに向かった。
 (売られてしまう)
 思い詰めた彼女は、逃げ出したくなった。もう考えている時間は無かった。
 カナリーは親方がアゴラで知人と出くわし話し込んだ隙に、親方の手を振りほどき一目散に駆け出したところで、立派な身なりの青年とぶつかった。
 夢中でその胸にすがりつく...
「助けて!私売られてしまうの!」
 カナリーは声を限りに叫んでいた。親方の呼び声と周りの騒音が、潮の引くようにスーッと遠退いていった。