美容室とラベンダーと
~生き延びてほしい、なんとかなるから~
2022年6月25日
50歳代 F.Vさん
石巻市
聞き手 千葉直美
その美容室の外の小さな庭には、ラベンダーが咲いていた。私は自転車をとめ、手で花に触れると、いい香りが漂った。ドアを開けてお店に入ると「いらっしゃいませ」との穏やかな声。大きな声ではなく、静かな、ささやくような響きだ。お店は広くない。二つしか椅子がない。どこかのお宅のリビングルームに招かれたような気分になる。大きい窓からレース越しに光が入る。私がこの店に来るのは3度目だ。親しい会話をしたことはなく、ただ髪をカットしてもらうだけ。でも今日は思いきって「あの日」を聞いてみた。椅子に座って、一通り、希望の髪型を伝えた後に。
―さしつかえなければお話していただきたいのですが、あの震災の後に、この地域にお店を開いたのですよね?」
おずおずと尋ねる。いつも私はドキドキする。この話を聴きたい時は。
私の髪をとかしながら、その美容師さんは鏡の中の私に視線を向ける。一瞬、動作が止ったけれども、すぐに
「そうなんですよ。街にお店を持っていたんですけど、震災で続けられなくなって。この内陸の土地を見つけて移ってきたんです。津波の被害を受けた自宅と兼用のお店を開こうと。」と言ってくれた。
―大変でしたね。自宅も被害を受けて。
「くよくよしても何も変わらない。くよくよして何か良くなるわけじゃない。割り切るのが早い性格なの。水道が5月ぐらいから戻ってきたので店を再開しました。ボランティアの若い女性達が泥だらけで被災地を助けてくれているのを見て、自分も何かできなかと考えて、避難所の方々の髪を無料で洗って喜ばれました。ボランティアの女性達の髪も洗い、あれから11年経つけど今もメールをくれる。
避難所に数日いました。両親が車に乗ったまま流され、一日行方不明でしたが次の日に避難所で再会しました。流されてどこかの家の屋根に乗り上げて一夜をそこで過ごしたそうです。たくさんのものを失いましたが、家族も親せきも無事でした。命さえ無事であれば大丈夫だと安心したのを覚えています。物はなんとかなる、命さえあれば。両親が大切していた犬が、母に抱かれて一緒に逃げて助かって、避難所で一緒に寝ました。」
私の髪にシャキシャキとハサミを入れながら彼女は話を続ける。自分の髪が予定よりどんどん短くなっていくのが、ちょっと気になったが、聞いた。
―「前向きな性格なのですね?」
「そうですねぇ、悩んでもしかたないし。解決しないから。悩んで解決するのならいいけど。起きてしまったのだからどうしようもないことってあるもの。だったら、次に何ができるかを考えた方がいい。
“普通”が一番ありがたい。“あたりまえ”が貴重なんだなぁって。大変なことが起こったけどたくさんの人から助けられました。だから今、ウクライナなどに寄付しています。」
―ずっとこの仕事をして、震災の時もやめようと思わなかったっていうことは、この仕事が好きなんですね?
「高校を卒業して仙台の専門学校で技術を習い、仙台や石巻で働きました。20代後半で自分の店を持ちました。中古のものを使えばコストを抑えられました。ないものねだりかもしれないけれど、自営業はたいへん。休みたいときに休めないし、交替がいないから。でも、毎年いろんなスタイルが流行るので、それを勉強するのも楽しい。」
ワックスを手のひらに塗って、私の後ろ髪に着けながら言う
「お客さんの髪は天然のウェーブがついていて、まるでパーマをかけたみたい。これを活かして、こうして、塗るとウェーブが際立っていいですよ。」
丁寧に説明してくれた。前回もそうだった。私の髪型へのアドバイスや手入れの方法などを細やかにを教えてくれた。
「とにかく生き延びてほしい。生きてさえいれば、なんとかなるから。」
店を出て、再び、ラベンダーのいい香りをかいで、私は自転車に乗った。かなり軽くなった頭で、風を感じる。
おわ