新型コロナウィルスの感染者が中国の武漢で爆発的に広がったため、政府は武漢に住む帰国を希望する日本人をチャーター便を飛ばし、その一便(約190人)が千葉県勝浦市のホテル三日月に受け入れられた。

 

当初、野党の一部の議員の中にはコロナウィルス感染の危険を冒してまで武漢からの帰国者を受け入れた裏には自民党との良からぬ癒着があるのでは、と嫌疑を投げかける者もいた。また隣国では帰国者の受け入れ先の近隣住民が政府関係者に抗議や暴力をふるうなど、同じ国の国民とは思えない反対運動があった。

 

その後の検査で滞在者全員が陰性とわかり、帰途についた。かりにこの中の数人が新型肺炎に感染していた場合、このホテルはしばらく営業休止をせざるを得なくなるだろうし、さらなる風評被害に苦しむことも予想されたことを考えると、非常に勇気ある決断だったと思った。

 

菅官房長官をはじめ政府関係者は今回のホテル側の素早い決断と配慮に心から感謝を述べた。このホテルの海側の砂浜には「コロナウィルスに負けるな」という地元民かホテルのスタッフが書いたと思われる文字が帰国者を励ました。ホテル側の英断に心から感謝である。

 

 

 

 

今日、野球ファンから「ノムさん」と長年親しまれていた野村克也氏(84)が亡くなった。

日本球界初の三冠王、王貞治氏に次ぐホームラン数、ヤクルト監督時代三度の日本一、そしてデータを分析し、わかりやすくかみ砕いた野球解説者としての評価は非常に高かった。それだけに日本プロ野球界にとって非常に惜しまれる。

 

 

特に私はヤクルトスワローズのファンだけにヤクルトの黄金時代を築き上げた監督として心から感謝している。選手に対して厳しい言葉の中にもユーモアを交え、データ重視のID野球を古田捕手に叩き込んで強いチームを築き上げたところは大きい。

 

恐妻として知られる沙知代夫人を2017年12月に亡くしてから、こころにぽっかり大きな穴が開いたような寂しさを隠せない様子だった。あれだけ選手の前では自信たっぷりでユーモアある人物がまるで人が変ったようになられたのは気の毒だった。

 

選手として、監督として、そして野球評論家としてメディアにも受けがよかった人物は野村克也の右に出る者はないだろう、という人が多い。ただ一つ厳しいことを言えば、阪神監督時代の1999年から2001年の3年間低迷し、連続最下位だった。そのとき打撃成績の良かった今の阪神監督矢野捕手に代えて息子克則捕手を起用する親バカぶりにファンから批判を浴びたことがあった。しかし野球人としての実績は申し分ないものであることは間違いない。ご冥福をお祈りします。

今朝の最低気温は1度。陽が昇り、少し暖かくなってからウォーキングに出かけよう、と思って8時ころから始めたが、北風がビュービュー吹き荒れる中でのウォーキングは全く身体が温まらない。

 

先週まで右大腿筋の一部である大腿骨頭に違和感があって左大腿筋の方に頼りがちな歩行だったため少なからず苦痛だったが、今朝歩いてみてその違和感がなくなったので快適に速歩で歩けたのがよかった。しかし先ほど言ったように北風が吹き荒れ、ウォーキングを終える時間になっても身体は冷えたまま、風が強い日の唯一長所空気が澄んでいて遠く見える山の稜線がきれいに見える点だ。雪をたっぷりかぶった厚化粧の富士山もくっきり見えた。

 

3月終りから4月初めに花を咲かす菜の花が数本既に咲いている。春の到来が一足早い千葉の房総半島では既に農家の人たちは菜の花が咲く前の菜花の収穫に今忙しいシーズンだという。菜花の天ぷら、おひたし、茹でジャガイモをつぶし、菜花を細かくしてその中に入れ、コロッケに揚げた料理もこの辺の農家の人たちに人気だという。