クラスメイトの吉沢(仮名)と、全く同じ忘れ物をしたことがあった。
室内用と、グラウンド用の運動靴。
気づいたのは朝だった。靴を使うのは午後だったので、母親に学校まで持ってきてもらえたら間に合うと思ってLINEしたのだが、いつまで経っても既読がつかず、焦った俺が友人たちに「やべ、どうしよ」と言っているすぐ近くで吉沢もアワアワしていた。「君も忘れたの?」と聞くと、吉沢は静かに頷いた。吉沢が「僕は休んでいる人のを借りようかな」と言うので「そっか、その手があったか」と俺が言うと、「いや、君はそんなことしないほうが良いよ」と、いつもの薄っすら笑った口で返された。
それからLINEの既読がつくことはなく、体育の時間になってしまった。吉沢も靴を借りるあてが見つからなかったらしくて、結局2人で先生に言いに行った。俺は学校にローファーを履いて行ってるので足のサイズが同じ友人からスニーカーを借りて体育に参加した。吉沢は自分の登下校用のスニーカーを履いていたと思う。
実はちゃんと運動靴が届けられていたのを知ったのは、体育が終わった後、文化祭の合唱練習が始まるすぐ前のことだった。どうやら、校内の電波が悪すぎて母親がLINEの既読をつけて「持って行くね」と返していたのが表示されていなかったみたいだった。
俺は事務室前の忘れ物コーナーみたいなところに置かれていた、袋に入った運動靴(2足)を回収して、音楽室の前にぼんやりと佇んでいた吉沢に「届けてもらってたのに気づかんかったわ〜」とか言いながら自慢げに見せた。吉沢はそれを見て、「届けてもらえるんだ、良いなぁ。僕、忘れ物届けてもらえんからさ」と呟くように言った。一呼吸置いた後、「家遠いんだよね」と続ける。そういえば前に電車で遠くに遊びに行った時に通った聞き慣れない駅の名前が、彼が通っていたという中学校の名前と一緒だったことを思い出して、「〇〇中だっけ、結構遠いね」みたいなことを言うと、「いや、〇〇中やけど、住んでいるのはもっと向こうの方だよ」と吉沢は返した。吉沢が住んでいるのは海の近くだった。たまに喋る日がある程度の仲なので、別に吉沢がどこに住んでようと俺には何にも関係ないのだが、何故かいいことを知ったような気がした。
「海、近いね」と俺は言った。
「海、近いよ」と、吉沢はまた微笑を浮かべながら言った。