第1989回:●いぶし銀山崎引退試合、試行錯誤のプロ生活に幕 | 東京ヤクルトスワローズの燕日記帳

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●対広島(神宮)第24回戦YS2-5C(10勝14敗0分)

 

青木に続いて山崎の引退試合。ポスト青木の一角だっただけに一抹の寂しさを感じます。

 

山崎は2015年のドラフト5位入団。外野手高山を外したことで獲得に動いたと思います。

 

日大出身で真中2世の触れ込みでしたが、1軍の壁は厳しく、最初の内は1軍2軍を行ったり来たりでした。

 

そんな山崎については、2018年に来た石井琢朗コーチとのやり取りの記事が印象に残っています。

 

2軍から1軍に上がって来た山崎に、石井コーチは「カウント追い込まれてからの対処という課題はクリアしたの?」と質問。

 

山崎が明確に答えらえなかったからか、石井コーチは「それだとまたすぐ2軍だよ」と辛口のコメント。

 

2軍でいくら結果を出しても1軍の壁に阻まれるのは、課題をクリアしていないからに他ならないというのが石井コーチの指摘。

 

その後どういう練習をしてきたかはわかりませんが、山崎が花ひらいたのは2022年のシーズンでした。

 

この年ベテラン青木が不振でスタメンを外れることが多くなり、2番打者が穴になっていました。

 

そこに収まったのが山崎で、その時はファウルで粘るしつこい打撃を身につけて、見違えるようでした。

 

また勝負強い打撃で、巨人の大勢から逆転HRを打ったのも印象に残っています。

 

これで見事青木の穴を埋め、ポスト青木誕生と思いましたが、シーズン後半は成績を落とし、スタメンを外れていきました。

 

プロの世界というのは本当に厳しいもので、翌年は故障などで2軍暮らしが続くと、並木ら若手に外野を奪われることに。

 

ポスト青木のはずが、青木と同じタイミングでプロを去るとは思いもよりませんでした。

 

今後の進路は明らかになっていないと思われ、野球に携わるかどうかも定かではありません。

 

しかしなかなか1軍に定着できない中で活路を見出していった経験は野球にしろ、他のことにしろ今後に生きると思います。