餃子黙示録鈴木

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餃子店員がお送りする誰得記事達

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育児をしている、というかこれから育児をする事がある、する予定にある。今お腹の中に生命を授かっている

すべての「子供」に関係がある人へ

 

僕が世の中に何かを発信出来る立場かと言われるとそうではないけども、一人でも多くの人に見てもらいたくて

不慣れで拙い文章ながら綴っています。

 

さて、今日までの児童虐待の件数は年々増加しています。

厚生労働省の発表によれば「平成30年度の全国児童相談所における児童虐待相談対応件数は159,850件。 これは過去最多で、統計を取り始めた1990年度から28年連続で増加となっています。

 

先日、9月24日にWESTE & Coが児童虐待の注意喚起として、一本の動画が投稿されました。

 

それがこちらです。

リンク、貼れてますでしょうか?

 

一応URLも貼っておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=qG7w2mqELa4

 

御覧になれましたか?ブラウザバックを押した人。お気持ちは分かります。

 

でも僕らは嫌だと思えばブラウザバックで逃げれますが、子どもは逃げられないと思うと怖いですよね。

 

一言で言えばものすごい胸糞だったと思います。

 

僕もそうでした。僕は子供にはいないけれど、一人の人間としてね

 

でも、ただの胸糞で終わっていいものでしょうか?

画面の目の前で、虐待をしてしまってた人がこの動画により改心してくだされば終わりでいいと思います。

もうしなければそれで良いのだから

 

問題は、それ以外の方です。勿論僕も含みます。

多くの人は、何かの注意喚起を見た時は

 

「まさか自分がやるわけない」「ひどい親だ」「そんなのが出来るなんて信じられない」

その視点にたちます。

 

真に「悪」だと捉えて何かをする人は多くないです。

例えば、極例になりますが、殺人を犯した人は、それなりの理由がありそれを正当化します。

 

現に、虐待が問題になった時に虐待をした親は「それは教育のつもりだった」という人は少なくありません。

 

問題は捉えてる人が「善」と捉えてるかではないのです。

尊き生命が奪われているのだから

 

少し脱線しましたが、実際に虐待している人は子供を授かる前は「まさか自分が」なんて言ってたのかもしれません。

 

現に、虐待の原因として多く挙げられるのは「親の余裕のなさ」が挙げられると聞きます。

 

では親の余裕とは何でしょうか?

 

僕は、経済的な問題と夫婦仲にポイントがあると睨んでます。

激しい夫婦喧嘩に怯える子供、今の定義ではこれも虐待にあたります。

 

ワンオペ育児なんていう言葉もあります。

確かに夫婦でそれぞれの担当するものは違う分、作業負荷を完全に平等にするのは難しいです。

でも、一度育児を見直してみてください。

 

偏見にはなってしまいますが、虐待をする親は

人の気持ちにたって考えましょう。自分がされて嫌なことは人にしてはいけません。

この教育を受ける際に一番最初に習うこれが遵守出来ずに育ってしまったのではないかと思います。

所謂、想像力の欠如です。

 

タバコの火、何度やと思ってんじゃい

 

ただ、虐待をしている親が快楽の為、暴力的な行為を好き好んでやっているかと言われればそうではありません。

彼ら彼女らもまた、苦しんでいるのです。その場合は然るべき機関に相談しましょう。

 

どうか、無関心にならずにアンテナを張ってみてください。

 

とつらつらと書きましたが僕もまだ半人前です。ですが今考えていた思いを書いてみました。

 

一人でも多く、何か思うものがあれば幸いです。

信頼の目的がどこにあるのか?

例えばあなたが恋愛関係において「彼女は浮気しているのかもしれない」と疑念を抱いたとしましょう。

そして、相手が浮気をしている証拠を探そうと躍起になる。結果はどうなるでしょうか?

状況次第でしょうか?

 

いいえ、いずれの場合も山のように浮気の証拠が見つかります。

 

相手の何気ない言動、誰かとの電話で話しているときの口調、連絡がとれない時間。

疑いの眼をもって見れば、ありとあらゆることが「浮気している証拠」に映ります。その事実が無かったとしても。

「裏切られたとき」「そこで受ける傷の痛みばかりに注目してはいけません。信頼することを恐れていたら結局は誰とも深い関係を築くことができないのです。

浅い関係であれば、破綻したときの痛みは小さい。しかしその関係から生まれる日々の喜びもまた、小さいはずです。

なぜなら、悩みのすべては対人関係の中にあり、幸福も同じであるから。

「他者信頼」によってもっと深い関係に踏み込む勇気を持ち得てこそ、対人関係の喜びは増し、人生の喜びも増えていくのです。

 

ーでは、裏切られることの恐怖を踏み越える勇気はどこから出てくるのでしょうか?

自己受容」です。ありのままの自分を受け入れ、「自分にできること」と「自分にはできないこと」を見極めることさえ出来れば、裏切りることは私の課題ではなくて他者の課題であることが出来、他者信頼に踏み込むことが難しくなくなります。

裏切られたくないと願うのは私の課題ではあるが、裏切るかどうかは他者の課題なのです。

 

―では、裏切られたときの怒りや悲しみはどうするか?

悲しい時は思いっきり悲しむべきです。痛みや悲しみを避けようとするからこそ、誰とも深い関係が築けなくなるのです。

 

我々には、信じることができます。疑うことも出来ます。そして我々は、他者を仲間と見なすことを目指しています。

信じることと疑うことのどちらを選択するべきかは、明らかではないでしょうか?

2ヶ月振りです。

早いもので今年もそろそろ終わりが近付いて参りました。
年々体感時間が加速していってます、20代前半ながらに老いを感じますね

さて、2018年。色々な人にお世話になりました。

18年幕開けは僕が仕事をばっくれて警察に保護されるという波乱の幕開けからスタート

それまでの一人暮らし生活とはおさらばして実家に戻りました。同タイミングで父の単身赴任が終了し、一家四人が数年ぶりに同じ家に住む事に

そこからずっとニートという訳にもいかなかったので、某ファミリーレストランでバイトしながら再就職先探し。も面倒だったので何となくバイトしてたらバイト先に就職してました\(^o^)/
元々飲食業には携わる予定だったので良かったのでしょうか。。。

誰もが知ってるファミリーレストランの為、福利厚生やらなんやらその辺はしっかりしてます(表面上は)
ただ最初の40日ある研修は大分インパクトでかいです。物凄く金の無駄遣い感半端ないです。

ただこの40日で思いもしなかった出会いやら再会やら。前職と違い同期の絆は確かに芽生えました。本当に色々な事があった、、、

ちなみに前職は同期が200人近くいて、名前知ってるの10人とかそこら。

そしてそこからは平々凡々な日常を過ごしてます。18年の始まりがハードだった分でしょうか。

何かあったかといえば、1ヶ月に1回程度、大阪に通ってるくらいです。理由は割愛しますが。

文才もなくだらだらと思い付いた順に書いてってますが、18年ざっくりまとめるとこんな感じです。

少し早いですが、2018年、僕と関わった人。お世話になりました。
2019年もどうか宜しくお願い致します。

ブログだけ見てる方がいらっしゃったらお久しぶりで御座います。一年振りですね。いないでしょうけど。毎度毎度ですが暇潰しがてら自己満で綴っていきます。

前回の更新?が就職報告だったので、今日の今日までをざっくばらんに、、、

某大手ビジネスホテル入社
外勤(ケータリング)、見なし残業等々と残業代の出ない残業オンパレード
ツイ廃なのを買われ、ホテルのTwitter、自社サイト、食べログぐるなびホットペッパー...etc  現場で働きながらインターネット担当大臣に
SNS(主にTwitter)に着手し、全てのサイトの閲覧数を右肩上がりに
本社でのインターネット関係のMTG、会議に呼ばれるように(発言しないで滅茶苦茶怒られる)
総支配人からTwitter禁止令
当然閲覧数は右肩下がり、そりゃそうだって
突然何の相談も無しに幕張へ長期ヘルプ(そのまま異動コース)というか左遷。出航。
異動部署が会社内でもトップクラスにパワハラがきついと有名なとこに
当然の如く、人間扱いされず。そのまま平行して東京のホテルのインターネットは面倒見てた
終電ダッシュする程まで残業させられ、終電無くす事もしばしば
その時は幕張の満喫で始発を待ち、東京に着替えとシャワーを浴びに帰りまた幕張に出勤
病む
辞職\(^o^)/

という訳で1月にら会社辞めてました、人間扱いされてなかったもんでね、でも何かを辞めるってかなりの勇気が必要だったし、これから生活出来るのか、不安はかなり大きくて正直辞めるまでかなり病んでました。入社してから3年は辞めちゃいけないって風潮やめた方がいいと思う。

そっからは1ヶ月実家でのニート期間。無い物強請りとはよく言ったもので、あれだけニートになりたいと宣ってた社会人時代。いざニートしてみると1週間で限界でした笑

圧倒的自由、ご飯の時間は自分のお腹が空いた時で就寝時間は自分が眠くなった時。起床時間は自分が起きたいと思った時間。その自由と引き換えになったものは圧倒的孤独感。
学生とは違い、社会的にどこにも属してない独りぼっち感と不安。誰かと喋りたい欲。体が鈍っていく感覚、家族への罪悪感。将来への焦り。

兎にも角にも、まさか働きたいって考えるようになるとはこれを書いてる今の自分からでも考えられません笑

という訳で、地元の友達が働いてる某ファミリーレストランで就活と並行してバイトする事に。。。

時間無いのでこの辺で、某ファミリーレストラン編に。結論から言うと僕の人生をプライベート面でも仕事面でも激動されます。続きは気が向いたら書きます。前述の通り暇潰しなので自己満ですが。

ではまたまた〜



お久しぶりで御座います。

Twitterとの連携はとってるはずなのでお久しぶり感覚は少ないとは思いますがアメーバは本当にお久しぶりなので、、、

さて、御報告というまでもないですが、、、

私就職致しました。某大手のホテルマンをやってます。(今更)

ホテルマンを志したのは高校三年の頃でして、やはりやりたい事・イメージしてた事とのギャップは激しく悩まされる日々です。ですが本当にたまに、この職に就けて良かったと思う事はあります。
例えばお客様の笑顔。就活の頃は内定欲しさで綺麗事並べお客様の笑顔の為に〜〜とは謳っていましたが、いざ直面すると良いものです。

人の幸せに寄り添える仕事は本当にやり甲斐があります。ましてやそれが自分の好きな「食」についての仕事だとね。
でも、きっとどの仕事でもお客様以外の「誰か」の為になっているのは当然だから当たり前なのかもしれないけどね。きっと我々接客業はその「誰か」との距離が滅茶苦茶近いのだろう。

就職してからと言うものの本当に時間が過ぎるのは早いもので、もう入社半年になります。
この間入社式を終えたばかりという感覚です。

徐々にではありますが、色々と仕事を任せてもらえるようにもなり、自社の特徴でもあるんですが、若手のうちに本当に色々やらせるような会社で、、、毎日悪戦苦闘の日々です。

きっと多分、他社含めた同業の人達の同期の中では自分はかなり色々な仕事をしてる自信はあります、、、!

長々となった上に、締りもオチない文章ですが以上です😊

明日も仕事頑張ろ!