ボウチャンシク攻防戦、ロシア軍歩兵の犠牲膨大に | すずくるのお国のまもり

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◎ボウチャンシク攻防戦、ロシア軍歩兵の犠牲膨大に 装甲車両与えられず

 

 

 ロシア軍がウクライナ北東部での攻勢を始めて5週間あまりたつなか、戦闘の中心地になっている国境近くの小さな都市、ボウチャンシクの市内や周辺はロシア軍の装甲車両にとってきわめて危険な場所になっている。
 そのためロシア軍の歩兵は徒歩で戦闘に赴いている。しかし、彼らもまたウクライナ側のドローン(無人機)や大砲に狙われ、大勢が死亡している。
 この春から夏にかけて、ロシア軍の死傷率が上昇したのは理由のないことではない。ロシアが2022年2月にウクライナで拡大した戦争で、ロシア軍の累計の死傷者は50万人を超えた可能性がある。ウクライナ軍の死傷者ははるかに少ない。
 だが、これほど多くの血が流されても、戦争が近く終わる気配はない。ロシアは毎月、およそ3万人の新兵を集め、短期間、雑な訓練を施してはウクライナに送り出している。これは、毎月の人的損失をどうにか補えるくらいの数だ。
 そのため、ボウチャンシクやウクライナのほかの戦場で途方もない数の死者を出しながら、ロシア軍は引き続き既存の部隊を補充し、さらに新しい部隊を編成すらしている。「ロシアは今後の前進に向けて新たな兵力を準備している」。ボウチャンシクで戦っているウクライナ軍の第82独立空中強襲旅団を支援している海兵隊所属のドローン操縦士、Kriegsforscher(クリークスフォルシャー)はX(旧ツイッター)のスレッドでそう指摘している。
 ロシア軍は5月10日、ウクライナ北東部の国境沿いの複数地点を同時に攻撃し、新たな攻勢を始めた。国境からわずか6.5kmほどに位置するボウチャンシクは、この攻勢で最初の大きな目標となった都市だ。だが、総勢数万人規模のロシア軍はこの工業都市を越えて先に進むことができなかった。
 ウクライナ側はロシア軍の侵入部隊を撃退するため、第82旅団をはじめとする数個旅団を北へ急派した。米国製の弾薬などを補給したこれらの部隊は、通り1本ごと、建物1棟ごとの戦闘をロシア軍部隊と繰り広げた末、5月下旬にロシア軍の進撃を食い止めた。

 現在、ボウチャンシクは歩兵が大量に殺戮される「キリング・フィールド」になっている。死者のほとんどはロシア兵だ。Kriegsforscherは「ロシア軍は装甲車両を使わず、歩兵だけを投入している」と報告している。
 ロシア軍にも、第82旅団の米国製ストライカー装輪装甲車のように、混沌とした市街戦に向いた車両がないわけではない。たとえばBTR-82装甲兵員輸送車は、ストライカーほどは洗練されておらず、装軌車両という違いもあるとはいえ、大まかに言えばストライカーに似た車両だ。
 Kriegsforscherは、ロシア軍部隊は「市街地で戦うのに(少なくとも後送用途では)最適な装甲車両を持っているにもかかわらず、それを使っていない」と説明し、「装甲車両なしで歩兵を使うというロシア側の選択は奇妙だ」とも書いている。
 とはいえ、ロシア軍の指揮官が兵士の命を軽視しがちなことを考えれば、この選択はむしろ理にかなっていると言えるだろう。
 オランダのOSINT(オープンソース・インテリジェンス)分析サイト「Oryx(オリックス)」で確認されているだけで、ロシア軍はこれまでに、兵士を戦場に運ぶ2種類の装甲車両である装甲兵員輸送車(APC)と歩兵戦闘車両(IFV)を4400両近く撃破されている(編集注:Oryxの分類で、MT-LB装甲牽引車などが含まれる「装甲戦闘車両」分も算入)。毎月平均160両ほど撃破されている計算だ。
 これに対してウクライナ軍のAPCとIFVの撃破された数は計1300両弱にとどまっている。月あたりでは45両ほどだ。
 ロシア軍の車両の損失は急速に拡大している。米国から砲弾が再び届くようになり、国内で自爆型のFPV(一人称視点)ドローンの調達も増やしているウクライナ軍はようやく、監視ドローンによって発見されたすべての車両を攻撃するのに必要な火力を手に入れた。発見しても攻撃する手段がないことも多かった数カ月前とは大違いだ。
 この戦争での装備の損害を独自に集計しているOSINTアナリストのアンドルー・パーペチュアによると、4月に撃破が確認されたロシア軍のAPCとIFVは計288両に達した。パーペチュアは「これはあくまで、わたしたちが見て数えたものだけだ」とも強調している。

 ロシア軍にとっての問題は、ロシアの産業界が新規生産あるいは長期保管施設から再生できるAPCとIFVは年間1000両かそこらにとどまるとみられることだ。現在の損失ペースなら必要数の3分の1〜4分の1程度しか補えていないことになる。
 ロシア軍の指揮官に、重量級の装甲車両の温存を求める圧力が強まっているのは明らかだ。ロシア軍の突撃部隊は、ゴルフカートをいくらか頑丈にした程度の全地形対応車(ATV)や、オートバイに乗ることが多くなっている。もっとも、こうした軽量車両を使う部隊ですら、車両がまったくない部隊に比べればまだ恵まれているほうだと言えるかもしれない。
 支援部隊も、カマズ軍用トラックのような重量級車両の使用を控え、代わりにATVを用いるようになっている。エストニアのアナリスト、War Translatedが共有・翻訳している動画で、あるロシア兵は「戦闘ではカマズトラックで輸送するのは不可能だ。ほかの車両と同じようにね」と語っている。
 言うまでもなく、ATVも攻撃に弱い。このロシア兵は動画のなかで、炸裂破片であちこちに穴が空いたATVを紹介している。車両はウクライナ側の攻撃を受け、乗っていた将校3人が死亡したという。だが、ロシア軍の指揮官の多くは、10万ドル(約1580万円)ほどするカマズや数百万ドルのAPCやIFVを失うよりは、1万9000ドル(約300万円)程度のATVを失うほうがましだと考えているのだろう。
 彼らはまた、車両がますます減る一方、歩兵には困らないという状況が続く限り、車両を失うよりは歩兵分隊を失うほうがましだと判断しているのだろう。
 ロシア軍が先週末にボウチャンシク中心部で行った攻撃の結果、歩兵400人が骨材工場で包囲され、ウクライナ空軍の爆撃を受けることになったのも、こうした重車両不足が関係しているのかもしれない。
「ロシア兵はここで包囲されている。撤退できる見込みもなければ増援が来る見込みもない」とウクライナ軍のあるドローン操縦士は述べている。ボウチャンシクにいるロシア軍は、部隊が孤立している工場まで突破する装甲車両がないのかもしれない。あるいは、装甲車両はあっても、それを数百人の兵士を救出するためだけに危険にさらす気はないのかもしれない。