北「2国家論」の背景には戦術核 防衛大学校教授・倉田秀也 | すずくるのお国のまもり

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<正論>北「2国家論」の背景には戦術核 防衛大学校教授・倉田秀也

 

 

 北朝鮮の金正恩総書記は、昨年末の朝鮮労働党中央委第8期第9回全員会議拡大会議で「大韓民国の連中とはいつになっても統一が実現しないということである」と述べた。北朝鮮の公式媒体が韓国の正式名称に言及するときは括弧で括(くく)るのが通例であった。金与正党副部長が昨年7月の演説で韓国を大韓民国と呼んだときも朝鮮中央通信は括弧つきで報じていた。
 ところが、金総書記の演説を報じた『労働新聞』は、あえて大韓民国を括弧で括っていない。
〇「特殊な」2国間関係の解消
 北朝鮮はかつて、南北間の合意と、その統一方案を巧みに整合させていた。韓国の統一方案は―国家連合などの中間段階はあるにせよ―統一の最終形態は単一の「民主共和体制」を謳(うた)っている。北朝鮮の公式の統一方案は「高麗民主連邦共和国」の下、「1民族、1国家、2体制」を統一の「最終形態」としていたが、「南北基本合意書」(1992年2月発効)で南北関係を「国と国との関係ではない、統一を指向する過程で暫定的に形成される特殊関係であることを認め」として、統一までの過渡期を平和的に管理する文書に合意した。初の南北首脳会談(2000年6月)では「南側の連合制案と北側の低い段階の連邦制案が互いに共通性があると認め」として、接点を見出すこともあった。
 翻って、金総書記の演説を字義通りに解釈すれば、これら南北間の合意文書が反故(ほご)になるばかりか、「高麗民主連邦制」統一方案も取り下げられたことになる。
 北朝鮮が憲法上、大韓民国政府の「合法性」を明記し、軍事境界線を国境線と規定しない限り、大韓民国との関係は「特殊」な2国間関係であり続けるであろう。その関係を平和的に保つべく、韓国と合意を得る意思は読み取れない。金総書記は「南朝鮮の全領土を平定する」として、その「特殊な」2国間関係を解消する手段が武力行使であることを明らかにしている。
〇「戦闘の拡大」
 金総書記がいかなる武力行使を想定しているかについては1月15日の最高人民会議での施政演説と併せて考えてみなければならない。「最強の絶対的力は『武力統一』のための先制攻撃手段ではなく」「敵が手出ししない以上、決して一方的に戦争を決行しない」と強調して統一のための武力行使もそれが先制攻撃であることを否定している。ならばそうでない武力行使とは何を指すか。
 この文脈で、「戦争抑止という本領以外の第2の使命に明白に言及したことがある」と述べたことは強調してよい。これは、朝鮮人民革命軍創建90周年(22年4月25日)に行った演説を指すが、そこで「われわれの核が戦争防止という1つの使命にだけ束縛されることはない」とした上で、核戦力の「2つ目の使命」を「決行せざるを得ない」と述べていた。
 本欄(22年5月13日付)でも指摘したように北朝鮮の核戦力の2つの使命は、金氏自身が13年3月の党中央委全員会議演説で触れた「戦争抑止戦略」と「戦争遂行戦略」に対応する。「戦争抑止」の核戦力は米国に北朝鮮への核攻撃を躊躇(ためら)わせればよく、北朝鮮がこの核戦力を先に使うことはない。北朝鮮が核先制不使用を宣言するとき、それは「戦争抑止戦略」を構成する大陸間弾道ミサイル(ICBM)などの核戦力を指す。
 他方、「2つ目の使命」とは、「戦争遂行戦略」に関わる。それは、南北間の武力衝突が在韓米軍の介入でエスカレートする戦争を想定している。北朝鮮がそれを阻止するため、最初の段階に組み込む核戦力は戦術核である。韓国にも在韓米軍にもない戦術核を北朝鮮だけが保有するなら、その使用は―「戦争抑止戦略」とは対照的に―先制使用となる。
 金総書記は施政演説で「物理的衝突による戦闘の拡大によって戦争が勃発する危険」を指摘したが、「戦闘の拡大」とは、南北間の戦闘に在韓米軍が介入する戦闘の「エスカレーション」を指す。「大韓民国という実体を惨(むご)たらしく壊滅、崩壊させる」とし、米国には「想像もつかない災難と敗北」をもたらすとも述べた。
〇「反民族的」な対南認識
 昨年4月の米韓の「ワシントン宣言」以降、バイデン大統領と尹錫悦大統領が北朝鮮が核を使用すれば政権が「終焉(しゅうえん)する」と警告して、核による報復を仄(ほの)めかしたとき、与正氏は「一つの主権国家を絶滅させる暴言」と批判した。
 米国が朝鮮民主主義人民共和国という「主権国家」を核で「絶滅」させるのなら、韓国を核で「惨たらしく壊滅、崩壊させる」とき、その対象も「大韓民国」という「国家」でなければならないということか。あるいは、金総書記が南北関係を「同族関係、同質関係ではない」と断じた以上、朝鮮半島の南半分には北半分とは異質な「民族」が居住しているとの認識でいるかもしれない。「同族」関係ではない韓国への核使用を正当化したことで、その対南認識は民族的紐帯(ちゅうたい)を断ち切る「反民族的」な領域に踏み込んだと考えるべきか。(くらた ひでや)