ウクライナ「反転攻勢」が失敗した舞台裏 | すずくるのお国のまもり

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【密着取材】「これだけの成果のためにどれだけ犠牲が...」 ウクライナ「反転攻勢」が失敗した舞台裏
 尾崎孝史(映像制作者、写真家)

〇ウクライナ軍の反転攻勢はなぜ失敗したか
<ゼレンスキー政権が挑んだ反転攻勢は失敗に。兵士や関係者の証言から見えたのは、戦力の分散による膠着と増え続ける犠牲だった>
 昨年6月4日に始まった反転攻勢でウクライナ軍が挽回できた面積はごくわずか。逆に8月上旬、ロシア軍に2キロ押し返され、ビロホリウカの前線は止まったままだ。
 この日の前日、12月4日付の米ワシントン・ポストが「ウクライナの反攻失敗」と題する記事を公開した。
 記事によると、6月の大規模反転攻勢の開始に当たり、米英軍とウクライナ軍の将校は8回の作戦会議を行っていた。ザポリッジャのオリヒウにある前線基地からアゾフ海へ突破する攻撃に集中すべきだという米軍当局者。それに対し、ウクライナ軍の指導部は南東部3カ所での攻撃を主張した。その結果、戦力が分散し、膠着状態に陥ったという。

〇砲撃を受けたレオパルト2
 反攻を開始してから50日が過ぎた7月28日、ウクライナ軍の先鋭部隊、第47独立機械化旅団はザポリッジャ州オリヒウの基地を出発した。アゾフ海への進撃を目指し、その第一目標としていた町ロボティネは攻略の途中だった。50日間で押し返せた前線の距離は8キロ。アゾフ海まではまだ90キロもある。
 ドイツ製の最新型戦車、レオパルト2などで編成された戦車部隊が並木に沿って進む。地元ザポリッジャで徴兵された大柄の兵士アンドリー(36)は、前を進む戦車との間隔を50メートルほどに保っていた。その時、前方の戦車が砲撃を受けたという。
 偵察ドローンに見つかり、榴弾砲を撃ち込まれた可能性が高い。暗視装置の配備が遅れ、大型戦車の移動は夜間に、とのセオリーが徹底できなかったのが悔やまれる。
 バフムート、オリヒウに続き、ウクライナ軍が第3の反撃地点として選んだのが、ベリカノボシルカからベルジャンシクへ向け南下する攻撃軸だった。
 ここでは7月にスタロマイオルスケ、8月にウロジャイネを奪還して9キロほど前進した。ウクライナ軍はそのまま南進するかに見えたが、9月になって完全に停止してしまった。現場で何があったのか。
 4つの海兵旅団と共に、ここで戦った部隊の1つが内務省傘下のアゾフ旅団だ。2014年、ドンバス紛争勃発時に義勇兵部隊としてマリウポリで創設された。
 戦車部隊が大きな被害を被ったことで発案された小規模編成の攻撃スタイル。中型戦車の後ろに歩兵を配置し、機関銃で攻撃する作戦は一部で成果が報告されている。しかし実際には、三重の防衛線で守りを固めた敵の餌食になることが多かったと、アレクサンドルは振り返る。
 昨年4月の時点で、ドネツク州に派遣されたウクライナ兵は約10万。ロシア兵は18万~20万だとウクライナ軍の司令官は話していた。倍近い人員差を埋めずに臨んだ反転攻勢は、攻撃軸が分散したことで必然的に膠着を余儀なくされた。
〇徴兵を避け転居する若者も
 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は12月14日、ウクライナに展開している兵力は62万人だと明かした。同1日に署名した大統領令では、ロシア軍の総員を17万人増の132万人とする目標を掲げている。
 一方、英国際戦略研究所の調べでは、開戦後にウクライナ軍の現役兵は69万人に増加した。死傷者数は公表されていないが、昨年11月にウクライナの市民団体が調査した結果によると、死者は3万人を超え、負傷兵は10万人に上るという。
 人海戦術をもって失った兵力を本国から補充できるロシア軍。片やウクライナ軍は兵員の補充も、交代も困難な状況が2年近く続いている。そんななか、ゼレンスキー大統領は12月19日、ウクライナ軍が最大で50万人の追加動員を提案したと伝えた。それは可能なのだろうか。
 首都キーウの路上アートになったワレリー・ザルジニー総司令官(左端、23年8月) PHOTOGRAPH BY TAKASHI OZAKI
バフムート方面で反転攻勢が始まった6月4日、ウクライナ国防省のハンナ・マリャル次官(当時)はSNSで「計画は静寂を好む」というタイトルの動画を公開した。
 戦闘服を着た兵士7人が1人ずつ画面に現れ、口の前で指を立てる。「開始の発表はない」の文字の後、2機の戦闘機が飛行するカットで終わる。国営通信社ウクリンフォルムはこの動画をウェブページに掲載し、「ウクライナ国防省、反転攻勢計画は発表されないと指摘」と報じた。
 前線の兵士は唯一の楽しみとして、衛星通信を使って家族や友人と話したり、映像を送ったりしている。それらの情報を通じて、ウクライナ国民はむごたらしい戦場のありさまを見せつけられてきた。
 開戦1年目、筆者が所属する人道支援団体では4人の若者が志願兵として前線に向かった。それが2年目には皆無になった。連日、数百人の死傷者が出たバフムートの戦いが影響したようだ。
 軍のリクルーターが通りや地下鉄で招集令状を手渡すという強引な勧誘も逆効果だった。徴兵を避けたい若者は、できるだけ自宅から外へ出ないようにしているという。
 西部の都市で家族と暮らすある男性は昨年の秋、東部の街へ「転居」した。「僕の町でも、外を歩いていたときに徴兵された友人がいる。だから前線に近い町に移ることにした。若者が少ないから誘われる可能性が低い、と聞いたので」
「必要なのは軍隊の改革だ」
 年が明け、ウクライナ政府は追加動員に関する法案を取り下げる事態に陥っている。招集令状を電子メールで送り付けるなどの手法が憲法違反に当たると指摘されたからだ。兵士不足の解消は見通せなくなった。
 ウクライナ軍の現状を憂える声もある。ドネツク州北部にある第15連隊の歩兵、マキシム・アブラモブ(26)は「いま必要なのは軍隊の改革だ。訓練や選抜の方法を刷新する必要がある」と訴える。
 膨れ上がる戦費を賄っていけるのかも大きな課題だ。兵士の月給について教えてくれたのはドネツク州リマンの部隊に所属するオレクシー(36)だ。「ウクライナ軍は戦闘地と非戦闘地で給与に差をつけている。私のように前線で戦う兵士は、月に10万フリブニャ(約40万円)。南東部以外で任務に就いている兵士はその3分の1ほどだ」
 オデッサのショッピングモールでマネジャーをしていたときの月給は3万フリブニャ(12万円)だったというオレクシー。国家統計局によると、昨年第3四半期の平均月収は1万7937フリブニャ(約7万円)だ。
 月10万フリブニャについて、「命を懸けた仕事にしては安い」と、どの兵士も口をそろえる。しかし、国家破綻の危機にあえいできたウクライナにとって、平均月収の5倍以上に相当する給与を前線の兵士に払い続けるのは容易でない。ときどき耳にする給与の遅配が拡大すれば、厭戦ムードは一気に高まるだろう。
 アウディーイウカが包囲寸前の危機に陥ったとき、呼び寄せられたのがザポリッジャ攻撃軸を主導していた第47独立機械化旅団だった。破壊を免れたレオパルト2のほとんどもここに移動させられた。

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