◎現役兵39%減「新兵不足の危機」アメリカ軍が好景気とZ世代の影響で直面する新たな軍事課題

(サウスカロライナ州パリスアイランドの海兵隊基地で54時間の訓練を終えた式典に参加する新兵たち。これ以降は新兵ではなく一人前の海兵隊員になる(2022年3月) ROBERT NICKELSBERG/GETTY IMAGES)


<今年の新兵採用数は目標から数万人も不足、兵士集めに苦戦する原因は、若者の愛国心の低下?経済回復?必死のアピールに性的少数者のキャンペーンを展開するも...>
 アメリカが大規模な戦争に突入した場合、軍務に就くことを希望しない──最近の世論調査でそう答えたアメリカの成人が、過半数に上った。
 この調査結果は、米軍の全軍が新兵の採用目標数達成に苦戦するなかで出てきたもので、軍という職業に対する無関心の広がりを示している。
 今年、陸軍と空軍は採用人数の目標をそれぞれ約1万人、海軍は約6000人下回っている。現役兵の数は1987年に比べて39%減った。
 兵士不足は憂慮すべきことだと、専門家はみる。
 国際情勢がますます不安定になるなかで、アメリカの指導者はいつ大規模な部隊を投入せざるを得ないか分からないからだ。
「いまイスラエル周辺には、(米軍の)空母打撃群や海兵遠征部隊が駐留している」と、米海兵隊の輸送オペレーターから軍の新兵募集担当となったジャスティン・ヘンダーソンは言う。
「わが国は今、2つの戦争を財政支援している。パレスチナ自治区ガザの戦闘をめぐっては実際に周辺に兵士を配備し、上空にはドローン(無人機)を飛ばしている。われわれは既にガザに関与しているのだが、その一方で中国と台湾をめぐる情勢には先が見えない。今は非常に混乱した時期だ。何が起こるか分からない」
 新米国安全保障センターの上級研究員で、元海軍攻撃型潜水艦司令官のトーマス・シュガートは「新兵不足がどのくらい米軍の活動に影響を与えるかは、どのような人材を必要とし、それがどのくらい不足しているかによる」と、本誌に語った。
〇72%が「兵役に志願しない」
 歩兵の新兵は数週間で訓練が可能だが、ほかの軍務はそうはいかない。
「仮に海軍が新兵募集の目標を長期間にわたって達成できない状況が続き、潜水艦の管理や航空機の操縦に必要な人材を確保できなかったとする。その状況で大規模な紛争に巻き込まれたら、人材の訓練には相当の時間がかかってしまう」と、ヘンダーソンは言う。
 だが専門家によれば、兵士の採用問題にはさまざまな要因が複雑に絡み合っている。
 新しい技術に熱中している若い世代を狙った採用キャンペーンが行われる一方、性的少数者を前面に出したPR戦略が新兵募集の妨げになっているという見方もある。
 しかも今は経済環境が回復傾向にあり、軍のリクルートは厳しい状況にあると言える。
「軍が大多数の人々にとって生産的な職業選択であり続けるよう、積極的に努力していく」と、国防総省のニコール・シュウェグマン広報官は本誌に語った。

 調査機関エシュロン・インサイツが今年10月23~26日に有権者1029人を対象に行った世論調査によれば、アメリカが大規模な紛争に突入した場合、軍に志願して兵役に就くことを希望しない人は72%に上り、希望する人は21%にとどまった。
 この世論調査は、イスラム組織ハマスが10月7日にイスラエルを攻撃した後に実施された。
 だがシュガートは、この結果を見るときは文脈を考慮すべきだと言う。
「アメリカが戦争に参加する理由が、この答えには大きく関わってくる。私は9.11同時多発テロの前に軍隊にいたが、社会の多くの人々は(同時テロ以前は)軍のことなどあまり考えていなかった」
「わが国の歴史を見れば、戦争に参加するには十分な理由がなければならない」と、ミリタリー・リクルーティング・エキスパーツ社のデービッド・ユースティスCEOも言う。
例えばベトナム戦争を支持する上で、アメリカ人は理由を必要とした。
 しかしアフガニスタンでの戦争は「自分たちの国であれだけのこと(9.11同時多発テロ)が起こったからこそ、即座に、広く支持された」と、ユースティスは言う。
「アメリカ人はそれが必要なことだと確信すれば、大抵は行動に移す。軍への入隊者が減っているのは全く別の問題で、非常に複雑な話だ」
 調査機関J・L・パートナーズが10月初め、英デイリー・メール紙のためにアメリカの有権者1000人を対象として行った調査によれば、アメリカが侵略されたら「国のために戦って死んでもいい」と答えたアメリカ人が全体では過半数を占めた。
 しかし年齢別に見ると、この答えは18~29歳の層で最も低かった。一方、ギャラップ社が6月に行った世論調査によれば、軍に対する信頼度は5年連続で低下し、60%にとどまった。
 ミネソタ州兵を26年間務めたユースティスは、若年層は軍の新規採用の主要ターゲットだと語る。
 今その対象は、1990年代半ば以降に生まれたZ世代だ。インターネット時代に育った彼らは「手っ取り早い満足」を得ることに慣れ切っていると、ユースティスは言う。
「私たちは、選択肢がとんでもなく多い『アラカルト社会』に生きている」と、彼は語った。「何でも手に入れようと思えば手に入るし、届けてもらうこともできる。スワイプやクリック一つで、大抵のものが手に入る」。
 寝室で大学の学位を取得できる世界では、厳しい訓練は魅力的に映らないのではないかと、ユースティスは指摘する。
〇今の若い世代は軍人と交流する機会も少ないと、軍の採用担当者らはみている。
 ユースティスによれば彼の父は韓国で従軍し、その後10人の子供のうち7人が軍に入るのを見守った。そういう家族は現在では非常に珍しいと、ユースティスは言う。
 リクルートミリタリー社の上級副社長も務めるヘンダーソンによれば、軍の採用担当者の標準的な手段だった対面でのやりとりがテクノロジーの発展で減っている。
「じかに話をする機会は以前ほど多くない」
 10月のアメリカの失業率は3.9%と落ち着いており、10月だけで約15万人の雇用が増えた。
 だが依然としてインフレが多くの消費者の懸念材料となるなか、若者が高収入の仕事を求めるのは当然の流れだ。年俸わずか2万ドル強の新兵は、どうしても魅力が乏しく見える。
「失業率と新兵採用の難しさの間に強い結び付きがあるのは間違いない」と、シュガートは認める。
「一般に、不況で失業率が高いときは、必要な数の新兵を難なく確保できる。だが、景気が絶好調で人手不足のときは、仕事の選択肢がたくさんあるため、新兵の確保は難しくなる」
 だが、軍での仕事には給料以外の「特典」がたくさんあることは十分知られていないと、新兵採用担当者らは語る。
 そして、若い世代を引き寄せるためには、こうした特典をもっとアピールするべきだという。
「雇用情勢が新兵確保を難しくしているとは必ずしも思わない。確かにZ世代にとって経済的な安定は重大な関心事だが、軍人になれば収入だけでなく知識や医療保障を得られる。一定期間勤め上げれば、退職金や住宅ローンの優遇措置も受けられる。自分の成長や退役後のキャリアにプラスとなる貴重な経験も得られる。そうした情報をきちんと伝えれば、むしろ経済情勢は(新兵確保に)プラスに働くと思う」と、ユースティスは語る。
 ヘンダーソンも、10月の全米の失業率は3.9%だったが、退役軍人の場合は2.9%だったと指摘する。
 そして軍務を経験すると、「周囲が『あいつには無理だ』と思っていたレベルまで自分を追い込む能力」を得られると語る。
 それは退役後の就職活動でもプラスに働くはずだ。
 その一方で、軍が確保したい人材は基本的に健康だから、無料で医療が得られることはさほど大きなアピールポイントにならないと、元海軍攻撃型潜水艦司令官のシュガートは指摘する。
 大学の学費が免除になるという大きな特典も、ジョー・バイデン大統領が進める学費ローン帳消し政策によって魅力が薄れるかもしれない。

「雇用市場が、軍の大きな競争相手になっていることは認識している」と、国防総省のシュウェグマンは語る。
「現代の若者には幅広い選択肢がある」と、彼女は認める。
「国防総省は、軍が就職活動に関する話題に上るよう努めている。ほとんどの人にとって、軍務はやりがいがある有意義な選択肢だと思う」
〇性的少数者を使ったPRも
 そんななか、今年は海軍と陸軍が新兵を集めるためのキャンペーンに性的少数者を起用して、大きな論争を巻き起こした。
 海軍は5月に、ドラァグクイーンのハーピー・ダニエルズことジョシュア・ケリー2等兵を「デジタル大使」に起用した。
 さらに陸軍は6月に、トランスジェンダーのレイチェル・ジョーンズ少佐にスポットライトを当てたキャンペーンを開始した。
 どちらも新兵集めで「幅広い層にアピールする」ことが目的だったが、かえって伝統的な新兵候補を遠ざけることになると批判を浴びた。
 だが、ユースティスはこうした広報活動のターゲットとなる世代は「あらゆるライフスタイルに対してオープン」であり、この種の文化論争によって入隊意欲が低下することはないだろうと語る。
 それでも、「一部の親はこうした宣伝を嫌悪して、子供の入隊にいい顔をしないかもしれない」と付け加え、「入隊について親の賛同を得るのは、ただでさえ難しい」と言う。
「軍は支持しても、自分の子が兵士になるのは勘弁だと考える親は多い」
「その種のキャンペーンは軍全体の採用努力を傷つけている」と、ヘンダーソンも苦い顔をする。
 ただ、軍の採用担当者らは、こうした騒動に耳を貸さずに、「成長意欲や学習意欲の高い優秀な若者を見つける」ことに意識を集中しているという。
 従来型のメディアが描く軍のイメージも問題だと、ユースティスとヘンダーソンは指摘する。危険な仕事であり、退役後も長期にわたって精神的・肉体的に苦しむというイメージだ。
「実際には、ほとんどの退役軍人は非常に元気に暮らしており、仕事でも地域でもリーダー役を担っている」と、ユースティスは語る。
 その一方で、毎日17人近くの退役軍人が自殺しているという統計を示して、精神を病んでいる退役軍人が多いのは事実だと指摘する声もある。
「ハリウッド映画も(リクルートの)助けにならない」と、ヘンダーソンは言う。
「一般の人が軍人と言われて思い浮かべるのはSEALs(米海軍特殊部隊)など大がかりな作戦の先頭に立つ兵士だろう。だが、それは全体の3%にすぎない。残りの97%はサポート役だ」

 ヘンダーソンは「軍には民間の全ての仕事がある」と語る。彼自身、海兵隊での前職はトラックの運転手だったという。
 新兵採用のプロセスにも、最終的な入隊者数を押し下げる要因があると、ユースティスは指摘する。
 一日に審査できる人数に限界があることに加え、身体検査や経歴検査が強化されたことにより、入隊申し込みから合格通知が出るまでの時間が長くなり、途中で考えを変えてしまう若者が増える結果をもたらしているというのだ。
〇アメリカの若者の健康状態が総じて悪化しているという問題もある。
 2020年には17~24歳の77%が、肥満などの健康上の理由か、犯罪歴などのために軍務に不適格であるという統計が示された。
 そんななか、Z世代にアピールするべく軍は新たな工夫を凝らしているようだ。
 ヘンダーソンによると、空軍は入隊希望者を募るキャンペーン会場で、若者がドローン操作のシミュレーションを体験できる特別仕様のトラックを用意している。
「今は軍のほうが、若者の言葉を使って歩み寄ろうとしている」

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