朝日新聞に取材協力:イスラエルの地上侵攻について | すずくるのお国のまもり

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お国の周りでは陸や海や空のみならず、宇宙やサイバー空間で軍事的動きが繰り広げられています。私たちが平和で豊かな暮らしを送るために政治や経済を知るのと同じように「軍事」について理解を深めることは大切なことです。ブログではそんな「軍事」の動きを追跡します。

◎イスラエルの地上侵攻、先を阻む「3つの課題」 元陸将補の分析

 

 

 イスラエルのネタニヤフ首相は10月28日の記者会見で、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとの戦闘について「戦争の第2段階」に入ったと語りました。ガザ地区への地上侵攻に反発する国際世論も強まっています。鈴来洋志・偕行社現代戦研究会座長(元陸将補・韓国防衛駐在官)は、地上侵攻を巡る様々な問題点を挙げたうえで「米国も中東全体への危機の拡大を懸念している」と語ります。

 ――地上戦を行う場合、イスラエル軍はどのような行動に出るでしょうか。

 イスラエルは予備役を36万人動員し、ガザ地区との境界の支配権を回復して10万人規模の部隊を配置しました。イスラエルのガラント国防相は、ハマスに対して、「陸海空」からの「多面的な作戦」を準備していると言っています。

ガザへの地上侵攻、見える課題
 ただ、ガザ地区への地上侵攻には三つの課題があると思います。人質も含めて犠牲者の発生が避けられない問題と、ガザ地区の構造、ハマスが地下に張り巡らせたトンネルです。

 現在、イスラエル軍は地上侵攻準備のため、ハマスの戦闘員が使うトンネルや作戦司令所、監視所のほか、ガザでの作戦を準備する軍を危険にさらす可能性がある目標を空爆しています。25日夜からは数回、ガザ北部に侵入し、戦車などを使って限定的な地上作戦を展開しています。本格的な地上作戦を行うための準備作戦でしょう。

 ――最初の課題として挙げた、犠牲者が出ることは避けられないのでしょうか。
 

 ハマスは人質を取っているほか、ガザ地区南部に避難できなかった市民も多数残っているようです。ハマスの戦闘員が人々を「人間の盾」にする懸念があります。戦闘員が市民に擬装している場合もあるでしょう。非戦闘員である民間人に被害が出れば、イスラエルを非難する国際世論が更に強まると思います。

 イスラエル軍は、2014年の侵攻で、地下トンネルを活用したハマスの作戦によって、大きな被害を受けました。地上軍による侵攻が20日間にわたって行われましたが、ガザ地区では2130人が死亡したと言われています。

 オースティン米国防長官も「ハマスは地下トンネルを張り巡らせていて、より難しい戦いになるかもしれない」と語っています。

ガザ地区の建物の構造
 ――第二の課題であるガザ地区の構造は、何が問題なのでしょうか。

 映像で見る限り、狭い区域にコンクリートや鉄筋の建物が密集しています。空爆で破壊しても、残骸は残ります。戦術的には市街地は障害と捉えられ、市街地の多くの人工物は兵士が潜伏する拠点になります。市街戦には特別な訓練が必要です。自衛隊でも市街地戦闘訓練場を作り、近接した状況での射撃術と小グループによる戦闘要領を使って訓練しています。

 イスラエルは当然、トンネルの出入り口や構造の情報を探っているはずです。例えば、ビルの内部にトンネルの出入り口がある場合、衛星情報だけでは位置を確認できません。ハマスは戦闘開始後、トンネル内の弾薬貯蔵庫や司令部などの位置を移動させている可能性が高いと思います。

 建物の内部まで侵入してマッピングし、高度な認識技術で人や武器まで識別するとされる自律飛行型戦闘ドローン(無人機)など、イスラエルが最新技術を投入する可能性もあります。いずれにしても、ハマス戦闘員が隠れている場所を見つけ、一つ一つ潰していかない限り、抵抗を無力化できないでしょう。

脅威になるトンネル
 ――最後の課題として指摘されたハマスの地下トンネルは脅威なのでしょうか。

 報道によれば、ハマスは全長480キロに及ぶ地下トンネルを建設し、イスラエルの監視を逃れ、物資や武器の密輸に利用してきました。トンネルは深いところでは地下40メートルに達するようです。司令部の重要施設は空爆の影響を受けない深部に設けているでしょう。

 イスラエル軍は米国から提供された地中貫通爆弾で、地下施設を破壊しているようです。ただ、目標情報の入手は難しく、効果の確認もできず、効果は限定的だと思います。

 イスラエルが05年にガザ地区から兵力を撤収して以降、ハマスは北朝鮮が伝授したトンネル技術などを活用して、迷路のように複雑な地下軍事施設を構築したと言われています。

 北朝鮮が韓国に侵入するために掘った「第2トンネル」の場合、北朝鮮から軍事境界線まで2400メートル、幅と高さは2メートルで、1時間に3万人の兵力を投入できると言われています。

 韓国軍が1975年にトンネルを発見し、探索を始めた際、北朝鮮軍はトンネル内に三つの障壁を設けたほか、地雷を設置して抵抗しました。直線に延びるトンネル1本を探索するだけで、7人の韓国軍兵士が死亡しました。

 ――ガザ地区は非常に狭く、電気や水もイスラエルが押さえています。

 ガザを完全に封鎖して兵糧攻めにすれば、まず一般市民に影響が及びます。逆に、ハマスは戦闘員の非常食料や水、ディーゼル油などを独自に確保しているはずです。

 ハマスは人質の映像をSNSで流し、一部を解放するなど、交渉で問題を解決できるようなイメージを拡散させています。このためガザで市民や人質に被害が出れば、国際世論はイスラエルを非難するでしょう。

 ――米国が地中海に原子力空母を2隻も展開しています。

 ロイター通信は、イランの指導部が「イスラエルの軍事目標への限定的な越境攻撃と、地域の他の同盟組織による米国の標的に対する低レベルの攻撃を承認する」との方針を決めたと報じています。レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ、イラクのシーア派民兵組織、イエメンのフーシ派など、近隣の親イラン派武装勢力による攻撃も発生しています。

 こういった攻撃で米軍兵士に死傷者が発生した場合、米軍は直接制圧に乗り出すでしょう。イランも米国の攻撃を傍観できないと思います。そうなれば、紛争は、一挙に中東全域に拡大する可能性をはらんでいるのです。(牧野愛博)