岡崎研究所論考:「韓国・尹錫悦政権の厳しい対中外交の船出」 | すずくるのお国のまもり

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お国の周りでは陸や海や空のみならず、宇宙やサイバー空間で軍事的動きが繰り広げられています。私たちが平和で豊かな暮らしを送るために政治や経済を知るのと同じように「軍事」について理解を深めることは大切なことです。ブログではそんな「軍事」の動きを追跡します。

◎韓国・尹錫悦政権の厳しい対中外交の船出

 

 

 8月9日の中韓外相会談は、厳しい内容だったようだ。中国は、特に「チップ4」(米国が主導する米日韓台による半導体供給網の枠組み)への韓国の参加と米国による地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)韓国配備につき、執拗に韓国側を圧迫したようだ。
 特にTHAADについては、従来の「三不」(追加配備をしない、米のミサイル防衛に参加しない、日米韓同盟に参加しない)を拡大、「三不一限」(配備済みシステムについての運用制限を追加)を主張してきたという。なお尹錫悦新政権は、正式配備を先送りしてきた文在寅前政権の政策を転換、環境評価を進め、THAADの「本格」展開・運用をするとの政策を表明している(全体で六基、既に二基を慶尚北道星州の基地に搬入)。
 8月11日付け朝鮮日報の社説は、朴振・王毅外相会談につき、
①中国の主張は韓国の経済・安全保障上の自主権に対するあからさまな侮辱だ。
②これらの要求は中国とは無関係の事柄であり韓国が守るべき約束ではない、それは単に文在寅前政権が表明した立場に過ぎず、拘束力はない。
③追加のTHAAD韓国配備を防ぐ最善の方法は、中国が北朝鮮に核兵器やミサイルを廃棄するよう説得することだ。
④弱みをみせれば中国は一層ゴリ押ししてくるだけだ。
と反発する。また、8月11日付けの中央日報社説は「厳しい対応が最善の薬、中国のナンセンスな議論は介入主義と韓国主権の侵害」と反発する。他方、朝鮮日報は8月12日付けで「文在寅政権は中国の「THAAD運用制限」要求を受け入れて国民に嘘をついたのか」と題する社説を掲載した。
 これらの社説のような感情過多の反発は、韓国の読者に韓国特有のすっきり感を与えるかもしれないが、些か違和感がある。「三不」合意は、2017月10月31日韓国が中国と交渉の結果、当時文在寅政権の康京和(外相)が共同文書を発表したものだ。
 発表文の末段には、中国を狙ったものではないとの韓国側の説明に基づき、「韓国側は(中略)韓国に配備されたTHAAD体系はその本来の配備目的により第三国を狙わないこととし、中国の戦略的安保利益を害しないという点を明確にした」、「両側は両国軍事当局間チャネルを通じて中国側が懸念するTHAAD関連問題に対して疎通していくことで合意した」と述べている。
 中国はこれに基づき合意には「一限」(運用の制限)が含まれていると主張しているのであろう。いずれにせよ、かかる重要事項につき、両国が協議し一定の合意に至った以上、韓国が拘束力はないとか、約束ではなく守らなくても良い、前政権のやったことだというのは無謀ではないか。

 また韓国の文在寅前政権は、もっときちっとした交渉をすべきだった。国同士の約束や協議結果は守るべきものだ。そうでないと外交継続に基づく信頼性の置ける外交は出来ないし、米中等の間に立って右顧左眄の日和見主義の外交になってしまう。
○光復節での演説で見えた対日姿勢
 尹錫悦政権の対中関係は今後難しい舵取りを迫られる。韓国は新政権初の両国外相会談を予定通り開催すべく、直前の米下院議長ペロシの訪台については一切対外コメントを出さず、ペロシ訪韓に当たっても尹錫悦は夏季休暇中としてペロシと対面会談はしなかった(ソウルに居たにも拘わらず。最終的には電話で会話したがそれでも対米関係上の失策となった)。
 他方、中国は今回会談の主要目的を対韓関係の基本につき新政権に釘を差すことに据えたであろう。王毅外相は、「5つの必須事項」として、①独立自主を堅持して外部の干渉を受けずに、②善隣友好を堅持して重大な懸念に配慮して、③開放とウィンウィンを堅持して供給チェーンの安定と円滑さを守り、④平等尊重を堅持して相互に内政に干渉せず、⑤多国間主義を堅持して国連憲章の原則を順守しようと述べ、両国関係の基調を中国側からセットしようとした。
 尹錫悦の対日姿勢については、8月15日に行われた、日本による植民統治からの独立を祝う光復節での演説が注目に値する。尹氏は対日関係につき、「普遍的な価値を基盤に、両国の未来と時代的な使命に向かって進む時、歴史問題もきちんと解決することができる」、「かつてわれわれの自由を取り戻し、守るために政治的な支配から抜け出さなければならない対象だった日本はいま、世界市民の自由を脅かす挑戦に対し、力を合わせていかなければならない隣人(英文では「パートナー」)」だと述べた。
 また、1998年の小渕・金大中宣言に言及、「宣言を継承して韓日関係を早く回復させ、発展させていく」と述べた。徴用工の問題など懸案への言及はなかった。
 演説の対日ナラティブは基本的に前向きなものであり、評価できる。なお、歴代政権と同様に戦中の韓国独立運動の活動を強調、独立は韓国民の手で勝ち取ったものだとの新たな歴史観の推進を図っているように見える。