やがて夏がきて、秋がきた。昨年同様お盆に少しの期間だけ帰省して東京に戻ってきてからも秋に受験予定の行政書士試験の対策はしなかった。

 

 十月の日曜日、都内有名大学の大講堂で受験した彼は、試験後またもや総合受験予備校R校舎で自己採点を試みたのであるが、記述式を除いてまたもや全問正解であった。その記述式も完璧であり、おそらく全国一位の成績であることは間違いないと思った。スタッフに直前総整理講座受講のお礼かたがた、昨年同様満点であることを伝えると、またもや校長室に連れていかれ、合格体験記を求められた。そして、昨年同様、義人へのメッセージを意識した文章を発表したのであるが、その際、校長から奇妙なことを言われた。

 

 アナタは来年は何の試験を受けるのですかと訊ねられたので、司法書士試験ですと答えたら、あの試験は少し難しい、特に書式問題は実務に近いところがあり独学だと苦労する。だから、我が予備校で不動産登記法と商業登記法の書式対策講座を受講してくれないかと妙な勧誘をしてくるのであるので、意図するところを訊ねたら、アナタを特待生として迎えたいので授業料は無料にすると言われたのである。その代わり合格後はアルバイトでいいから我が校で講師を務めてくれと言われたのである。

 

 正月明けから秋一は活動の場を、大学図書館に加えて市ヶ谷にあるR総合国家試験受験予備校の自習室へと拡げた。

 

 彼の専攻は刑事法学であり、その中でも理論刑法学とか法哲学に興味を抱いていたので、一日二十四時間しかない中で、しかも性欲を実現させながらとなると、複雑な登記法や民事執行法までは手が回らないのではないかと不安に思ったが、それは杞憂に過ぎず、登記法はまるで子供の頃に夢中になった囲碁のようにパズルチックでかつ簡単な法律であった。

 

 年が明け、いつものように午後七時近くまで大学図書館で勉強していたときである。その時間帯になると、学生数も減少してきて静寂な自習室は一層寂しくなり、蛍光灯の漂白したかのような光だけが胸に染み入る。秋一は本の世界から一瞬目を離し、大きな窓の向こうで暗い冬風に揺られる高木を眺めた。その時である。窓に反射した光に混じって、数メートルも離れた別列の自習席から、じっとこちらを伺っている青年の存在に気づいたのである。

 

 また彼だ・・・。

 

 苦い顔でそちらを見ると、その同年代と思しき男子大学生は慌てて目をそらし、本に視線をやる。

 

 最近、大学の講堂でもそうであるのだが、名前も知らない同年代の男子学生がいつも自分に注目しているような気がしてならないのである。

 

 いつも比較的近くの席に座ってくるその青年、何か自分に話したいことがあれば声でもかけてくればいいのにな、煮え切らない妙な態度に秋一は苦々しく思っていたところである。

 

 鞄に勉強道具をしまい、帰り支度を始めると、その青年も遠くの席で同じような行動をとり始め、秋一より一足先に図書館出入り口へと小走りに進んでいく。

 

 どうしたものか、秋一も早足で進み、出入り口を少し出たところで追いついた。

 

 不思議な事を胸にためておくのはよくない、そう考えた秋一は思い切って声をかけてみることにした。