この小説は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。

 



 

午前7時

西原は別荘敷地内に車を滑り込ませた。

虫の音がいっせいに迎えてくれる。

玄関への径を彩る下生えの草木におりた露がきらめく。

 

 

 

起きてはいない、

少なくとも瑞月は。

そう言い切れる。

 

「総帥には

 ご一緒に朝食を取っていただかねばなりません。」

 

天宮咲の指示はもっともだ。

午前5時を休憩時間中の部下への連絡にふさわしい時間と考えるかは

人により意見が分かれるだろうが、

「西原さんがお迎えに行くとのことでございましたわよね」

と言われればその通りだった。

 

 

 

鷲羽警護の要は瑞月であり、

巫の死守こそが鷲羽の命脈を左右するのだ。

そこは、

既にたっぷりと経験してきた。

が、

このところ鷲羽財団総帥による巫誘拐の後始末の方が忙しかった。

昨日は逆に巫による総帥に会いたい!のリクエストに応えての怒涛の1日だ。

 

 

長と巫の恋は

最強の姑による妨害をスリルとして

盛り上がっている。

嫉妬深い夫である総帥には自分との攻防もそのスリルの内だ。

 

 

 

西原はため息をついて

呼び鈴を押す、もしくは引くをしようとした。

ない。

玄関の妖精二人を眺める。

つんとランプを掲げているのは客人のためだろうに、

その客人の到着を告げるものがないとはどういうことだろう。

 

 

ノックしてみた。

応えはない。

ノブを回してみた。

鍵がかかっている。

時間は7時5分だ。

 

 

庭に回った。

丸く空いた中央は噴水でも設置するつもりだったのか。

そこに立ち建物を見回す。

侵入は簡単だ。

雇い主の持ち家に多少の傷をつける覚悟があればだが。

 

 

 

一面のガラス、

庭への扉もガラス張りだ。

木製の枠はかなり年季が入っている。

 

 

朝陽が差し込む床は

やはり板張り、

屋敷のそれに比べればくすんでいるが、

陽を弾いた部分は輝いている。

だが陽に焼けた様子はない。

 

 

カーテンは総帥が開けた。

それは

瑞月に庭を見せるためだろうか。

いやまさか。

あの子が起きているはずはない。

 

 

西原は

薄暗い内部を見渡した。

暖炉に向かって並べられたソファーが見える。

反対側の卓らしき起伏に何枚かの同色の布が乱雑にかけられている。

 

 

ソファーの一つに

小さな手の先が覗いている。

わずかに見える黄色いジャケットの袖口は昨夜の瑞月のそれだ。

何よりその手指の愛らしさ、

間違いなかった。

 

 

 

人質は一人。

誘拐犯も一人。

 

 

どこに誘拐犯がひそんでいるかは不明。

1階は静まり返り

ひそとも動く気配はない。

 

 

2階の上り口から階上まではらせん階段、

途中に影はない。

やや奥まった部屋へと続く短い廊が見えるが、

そこからでは一拍遅れるだろう。

 

 

この1階にいる。

 

 

瞬間的に動くには

足は床に置くのが望ましい。

侵入口がはっきりしているなら上に潜んでもいいが、

この窓の高さではその上には難しい。

 

 

このカーテンの陰に

総帥はおいでだ。

 

 

西原は

ふうっと息を吐き、

手をだらりと垂らした。

 

 

窓ガラスに手をかける。

それは

トン!と突くと

あっけなく開いた。

 

 

西原は待つ。

自分を押さえれば誘拐犯の勝ちだ。

最初の一撃を躱せば

中に飛び込むチャンスがあるかもしれない。

 

 

じりじりと陽射しが強くなるのを西原は肌で感じていた。

時間は確かめるまでもない。

7時10分。

そろそろお互いにデッドラインだ。

 

 

西原は地を蹴った。

殺到してくる長身を感じながら体をひねる。

がつっ

腰に衝撃を感じたと同時に

ジャックナイフの要領で下半身をぶつかってきた肩に当てる。

 

 

足裏でとらえられればもっと良かったんだけどな。

そう思いながら

西原は瑞月の眠るソファーの脇に投げ出された。

すかさずのしかかってくる長身に構わず

西原は明るく声を張った。

 

「瑞月!

 パンケーキだよ!

 生クリームたっぷりだぞ!」

 

ぴょこん!

小さな頭が起き上がった。

 

鷲羽財団総帥は床に転がった部下に手を差し伸べる。

警護班チーフは有り難くその手を握り身を起こす。

救出担当は人質を連れて抜け出すまでやり遂げて勝利が決まる。

だが、

このケースでは違う。

人質に到達したところで救出役の勝利だ。

何しろ人質役には内緒のゲームなのだ。

 

 

 

「パンケーキ?

 ほんと?」

 

きょろきょろする瑞月に、

腰の痛みを押し隠して西原は笑いかけた。

とりあえず

何かあったら俺が守る!という

体を張った誓いは守られた。

勝ったのだ。

笑顔は自然と明るくなる。

 

「ほんとさ。

 お客様をお待たせできない。

 さあホテルに戻るぞ」

 

「うん!」

天使はまことに可愛らしい。

その頭を撫でてやり

西原は総帥にきちんと向き直った。

 

「総帥、

お迎えに参りました。

お車にどうぞ」

 

 

恋というものは、

何か刺激がないと詰まらぬものらしい。

傍迷惑な恋愛模様も平和ゆえとも言える。

 

西原は

明日には青黒くなるだろう打ち身の痛みをこらえ

車へと二人を先導した。

 

画像はお借りしました。

ありがとうございます。

 

 

 



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