餓鬼窟日録
五月二十五日 晴
 今村隆氏菊池の本の装幀の見本を持ってくる。
出来思はしからず。
装幀なぞ引受けなければよかつたと思ふ。
午後塚本八洲来る。
一高の入学試験を受ける由。

⭐左に菊池寛さんの集合写真

 
五月二十六日 陰晴定らず
 手水鉢の上の椎の樹、
今年は無暗に花をつける。
今朝手を洗ひながら、
その匂の濃いのに驚かされた。

小説一向捗らず。
新聞で菊池の「雑感三則」を読む。
同感なり。

午後谷崎潤一郎来る。
赤いタイをしてゐた。
夕方一しょに菊池を訪ふ。
留守なり。
ミカドにて夕飯、
それから神田の古本屋を門並ひやかす。
神保町のカフェエへはいつたら、
給仕女が谷崎のタイを褒めた。
白山まで歩いて分れる。
帰ったら十二時半。



 
五月二十八日 晴
 午後南部修太郎来る。
T子の写真を貸してやる。
夕方一しょに鉢の木で飯を食ふ。
それから菊池の所へ行く。
後から小島政二郎来る。
菊池剃刀負けがして繃帯を頭から顎へ巻いてゐる事、
クリスマス・キヤロルへ出る幽霊の如し。
帰りに牡丹を買ふ。




 
五月二十九日 晴
 今日よりトオデのミケルアンジエロを読み出す。
午後社に行き、
松内氏と文芸欄の打合せをなす。
序にロイテルへ行き、
ジョオンズを尋ねたが留守なり。
受附の男東洋軒にゐられるかも知れませんと云ふ。
新橋駅の東洋軒へ行く。
二階の窓から見ると、
駅前の甘栗屋が目の下に見えて、
赤い提灯と栗をかきまぜる男とが甚だ風流だった。

⭐室生犀星さんちの子です。

 
五月三十日 晴
 午後畑耕一、菊池寛来る。
夕方谷崎潤一郎来る。
皆の帰ったのは九時なり。
今日猫を貰ふ。
 
 
注釈として
〇いまさらですが、
 龍之介さんの俳号が餓鬼です。
〇龍之介さんが装幀した本は、
 菊池寛さんの「餓鬼」です。
 色々とありましたピーターパンのお話とはまったく別の本です。
 検索してみましたら 
 タイトルと作家名をデザインしたロゴだけのシックな装幀でした。
 
〇昨日の谷崎潤一郎さんとの神田行、五月だったのですね。
 
〇T子は辰子とありました。
 辰子って登場人物なら写真はないはずだし、
 ……………………誰?
 
〇東洋軒
 洋食屋さんとありました。
 鉢の木には注釈なしです。
 赤坂見附のお店がこちらのことかなと思います。
 
〇「社」というのは
 東京日日新聞社。
 「ジョオンズ」さんは
 ロイター通信東京支局特派員さん。
 
〇猫ちゃん
 どなたがくださったのか注釈では
 わかりませんでした。
 
 
 
さて、
菊池寛さんです。
人物を描いた文章を掲載とも思いましたが、
日常を追っかけたくて
菊池寛さん連続登場の日記をお借りしました。
 
 
龍之介さんの葬儀で弔辞を述べた菊池寛さん、
やはり格別に親しい御友人と思いました。
 
 
ロジック。
そこに絆を感じます。
短編に鋭く切り取られ、
見事に組み上がっていくそうとしかなりようがないもの。
 
 
「忠直卿行状記」
「恩讐の彼方に」
あらためて読み返しました。
 
 
ドラマチックで、
乾いてる。
激情は
悪であれ善であれ
せずにおれぬからするもので、
そこにあるのは人を突き動かす。
 
 
その
せずにおれぬ人間の
何とおもしろく、
生き生きと具現化するロジックの
何と人を引き込むことか。
 




 
あまり書店でお名前を見ない気がしますが、
教科書に採択された「形」を通して
お若い方々は、
そのロジックの冷徹に触れておられるのではと思います。
猩々緋の鮮烈と共に「形」が一人歩きしていく映像は
焼き付きます。
 
 
激情の劇場を端然と描き出す
流れない筆が魅力の作家さんだなーって思ってます。
 
 
画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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