この小説は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。

 

 

 

 

日はゆっくりと空をゆく。

刈り入れを終えた田にははぜ掛けられた稲穂が並び、

日差しを浴びて黄金色に輝く。

里の社では片肌脱いだ男衆がてんでに声をかけあっては

白木を押し立てている。

お山へと向かう白木の階はすでに見上げる高さだ。

 

 

 

 

子どもらは

山に川にと散っている。

上がる歓声は祭に弾んでいるようだ。

恵みは豊かに与えられていた。

 

 

 

 

里の道を一騎の馬がゆく。

猫を懐に馬を駆るのは鷲羽の一の臣、深水だった。

 

 

 

〝遅くなった。〟

不満げに深水はことばを形作る。

 

 

お山の社は特別で、

臣も民も畏れて近づかぬ。

その〝お支度〟は深水にしか務まらぬ。

それはこの十年変わらなかった。

ただ静まる社に額づき、

ちり一つなき不思議を思いながら

己の手で掃き清める。

それだけの〝お支度〟であったが

今年は事情が違う。

失礼があってはと気が急くのだ。

 

 

 

心中にことばを紡げば

それで伝わる。

 

そうではない思いも筒抜けではないかと思うとぞっとしないが、

黒猫は鼻で笑った。

そこまで暇ではないと。

そして、

深水ももう慣れた。

黒猫と交わす言葉は一々不穏で

とても他に聞かせられぬのだから仕方ない。

 

 

 

〝しかたないでしょ。

 それとも

 あのまま修羅場でよかったの?〟

 

 

〝それは……巫の様子もただならなかったしな。〟

 

 

〝ばかねえ。

 あの子をどうこうできる者なんか

 あの場にいなかった。〟

 

 

〝修羅場と申したではないか。

 あのお方、

 姿からは分からなかろうが大した手練れなのだぞ。

 あのまま……。〟

 

 

〝……男ってにぶいのね。

 長よ。

 発火寸前だった。

 斬り捨てたかったでしょうね。

 祭だってのに、もう。〟

 

 

〝あの御老人をか?

 ばかなことを。〟

 

 

〝もう一人いたでしょ。〟

 

 

続く深水の愚痴は聞き流されていく。

黒猫は深水の懐で

甘い悲鳴を思い返していた。

そして

握りしめた拳を。

 

 

 

 

〝ともかく

 巫は長のものだわ。〟

 

突き放すような物言いは

深水に返したものではなさそうだ。

その無視の徹底ぶりが

また深水を苛つかせた。

 

 

 

「何を今更!

 だいたい

 おぬしは勝手すぎる!!

 いったいどこに行っておった!?」

 

思わず声が出る。

あぜ道に人影がなくて幸いだった。

 

 

 

懐の中で猫が動いた。

首筋に擦り付けられる滑らかな毛並みに続き、

耳元をくすぐる鼻息が生々しい。

と思うと湿った鼻先が喉元に押しつけられた。

 

 

 

「いつでも帰ってくるわ。

 あなたは待ってればいいの。」

 

ひどく艶っぽい声が

耳朶に滑り込む。

 

 

「危ない!

 落ちたらどうするのだ!?」

 

そして、

また深水は怒鳴ってしまった。

 

 

 

 

何をしてやっても怒る。

だが、

首筋の赤みは怒りではなさそうだ。

ちょろいわねと黒猫はふたたびその懐に丸くなる。

気になるのは勾玉の二人の首尾だ。

日はまだ高い。

 

 

 

 

 

神渡はそっと朔夜の髪をかきあげた。

潤んだ眸が己を見上げる。

ふうっと口の端が上がる。

巫は悦楽の深みを漂っていた。

 

 

 

「カムド……」

甘い声がもれる。

誘われてその唇に唇を重ねると

いまだ名残に残していた己がぐっと締め付けられる。

口づけの合間に吐息がもれる。

 

 

 

 

「カムド…………。」

名を呼ぶ声は繰り返される。

震える内奥が下腹に渦巻く熱を求めて巻き締めてくるのを

神渡はぐっとこらえた。

 

 

 

いつしか〝カムド〟と呼びかける羞じらいは、

そう呼びかけては与えられる悦びに呑み込まれていた。

喘ぎは甘さをまし

もっとと朔夜は呼ぶようだ。

 

 

 

 

〝もっと〟と言わせたい。

その朱唇が喘ぎながらそう乞うことを思うだけで

神渡は滾るものを感じた。

だが、

あどけない巫にそれを教えるのはためらわれた。

 

 

 

そして、

今もだ。

陽光は降り注ぐ。

このたゆたうような甘いときから覚めれば

また朔夜は涙ぐむのではないか。

朔夜が己の姿に臆していたなどとは神渡は考えぬ。

 

 

 

恥ずかしかったのだろう。

それは分かったが

この陽光のためと思っていた。

 

 

 

ああ……と甘い声に応え

そっと体を揺すり

またその背を優しく撫でる。

 

 

 

明日を思えば

己の欲するままに貪ることも

また律せねばならぬ。

神渡はただ契りしままに己に滾るものを抑えた。

 

 

 

カムド……甘い声はねだる。

 

よい子じゃ……応えてそのうねりを受け止める。

 

 

 

呻きがもれ、

背は過ぎた抑制に震えた。

 

 

 

日は渡る。

さしものゆっくりとした歩みも

そろそろ終わりが近づく。

 

神渡はゆっくりと己を解き放った。

注ぎ込まれる緩やかな情を朔夜が深い吐息で迎えた。

 

 

 

 

夢うつつをただよう朔夜にそっと最後の口づけを与え、

神渡は身を離した。

「衣を」

神渡は低く命じ、

引戸は開いた。

 

たづが控えていた。

 

 

画像はお借りしました。

ありがとうございます。

 

 



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