この小説は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。




 

たづの背が廊の角に消え、

廊に揺れるのは葉陰ばかりとなった。

館の奥、

巫の座所はしんと静まる。

 

 

たづは

誰も通すまい。

神渡は膝の上でうつむく朔夜の髪を

そっとかき上げた。

上気した頬があらわれ

初心な巫はあわてて顔をそむける。

 

 

「たづはもうおらぬ。

 面を見せてくれぬか。」

 

懇願すれば

おずおずと神渡に向き合うが

うつむいたその面はうかがえない。

 

 

神渡は

それ以上強いることはしたくなかった。

代わりにそっとその額髪に唇を押し当てる。

 

唇が離れた。

神渡が見詰める中、

ゆっくりと面は上がった。

 

 

伏せた目もとに震えるまつげ、

上る血の色、

その一つ一つが愛おしい。

生きて、

そして神渡を慕っている少年が、

ただただ愛おしかった。

 

 

「契りを交わそう。」

 

はっと上がる眸を神渡の眸が迎え取った。

 

「愛おしい。

 われは愛おしい。

 このような思いで体を交わすものとは

 そなたを知るまで思いもしなかった。」

 

朔夜をそっと膝から下ろし、

神渡は立ち上がった。

 

 

おずおずと応えた小さな手を握り、

奥の間とを隔てる引戸に

神渡は手をかけた。

 

 

 

板戸にかけた神渡の手の甲から

光が溢れ出る。

大きな手だった。

 

 

そして、

朔夜は光に包まれた。

 

 

今座していた間が暗かったとは思わぬ。

一方の壁に設けられた丸みを帯びた台形の明かり取りは十分にその役目を果たしていた。

廊への引戸は開け放され、

そこは明るかった。

神渡の優しい顔がよく見えた。

木々の緑を縫って風も感じた。

その風がそっと冷ましてくれた頬はまだほてりを残している。

 

 

 

「お山……。」

己の口から零れ落ちたことばにも気づかず

朔夜は神渡の手を握りしめた。

 

 

引戸は奥が狭まった中の間の壁に仕舞われ、

南面から北面へとさえぎるもの一つなく開け放たれていた。

幾分小振りな造りはそのためなのだろう。

向かう東には観音開きに押し開けられた扉の向こうに撫子が揺れていた。

そのさらに向こうは杉林だ。

 

 

衾は吹き過ぎる風と緑陰の中にあった。

お山で目覚めた朝だ。

その折りの満たされた思い。

 

握りしめていた手から力が抜けて

大きな手がするりと抜き取られる。

しゅるっと紐の解ける音がした。

 

 

 

眩しいほどの陽光にくっきりと影は筋肉を象る。

下袴一つとなった神渡の後ろ姿が

朔夜の視界いっぱいに広がった。

陽光にくっきりと影は描き出す。

肩から連なる隆起から、

また次の隆起へと、

天の匠が光という鑿で造形した〝力〟は

神渡の裸身に〝美〟となって結晶していた。

 

 

あの体に抱かれていた。

その思いがわき上がる。

朔夜はいつの間にか己のやせっぽちの体を、

か細い両腕で巻き締めていた。

 

 

「朔夜、

 さあ。」

 

どっかりと衾に腰を下ろすと

神渡は

己の脇をぽんぽんと叩き、

笑顔で朔夜を招いた。

 

 

 

朔夜はまともにその視線を受けられない。

神渡の肩に胸にと逸らす視線は、

さらに朔夜を追い詰める。

 

 

それでも

こそっと踏み出したのは

神渡が呼ぶからだ。

腕はほどいたが、

衣をつかむ指の節は痛々しいほどに白くとがっていた。

 

 

無造作に腕を引かれて

ぶざまに倒れ込んだ華奢な体を

神渡は難なく抱き取りその胸に抱え込んだ。

 

 

「朔夜よ

 こわいか?」

 

しばしの間をおいて

神渡が問う声を

朔夜は嬉しくも悲しくも思うた。

目頭が熱くなりそれが零れて頬を流れた。

 

 

神渡の大きな手が力づけるように

己の背を撫でてくれるのさえ

悲しさを募らせる。

 

 

揺れる葉陰と注ぐ光の中で

朔夜ははらはらと涙を零した。

 

 

イメージ画はwithニャンコさんに描いていただきました。

ありがとうございます。




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