この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







パタン‥‥‥‥カチッ


閉じた。


そして、
点る。


「‥‥‥‥‥‥‥‥これ‥‥‥‥電気?」

綾周が
出現した光の魔法にあどけない声をあげ、
その細い指先を差し伸べ、
西原に抱き止められた。


「なぁに?
 トムさん」

「ちょっと待って」

「おお これは綺麗だね
 瑞月君にぴったりだ。」



上がり口のフローリングが
影の中に色を消した。
リビングへのドアは影に沈み
立体感を失っている。


そこに
光の球体が
その半身を現したのだ。



光暈の外輪は
床へと弧を描き
そこで吸い込まれる。
明瞭な境界だった。


硬質にさえ感じる球体。
その光暈の表面は
絶え間なく流れる五色の光が
滑らかに球面を内からなぞっては消えていく。


「あやちゃん
 見ててごらん。」

作田の声が優しく後ろから響き、
少々年輪を刻んで黄ばんだ手がにゅっと突き出され、
すうっと手首までが光の中に消えた。


 何の抵抗もない
 そりゃそうだ
 俺たちが入れなくてどうするってことさ


作田は刑事だ。
疑うのが商売であったが、
それは動かしがたい事実を受け入れるためだ。


この連休は
人生ひっくり返るほどの信じられない出来事との遭遇が続いた。
そして、真贋のポイントは瑞月と学んだのだ。



自分の手首から先が見えないのは居心地のよいものではない。
尻がむずむずしたが我慢した。
痛くも何ともないのは予想通りだった。
作田は腹の中で一、二と数えた。


作田より目を剥いたのは
綾周と西原だ。
二人にはどうなっているか感じることもできない。
これで呻いてでも見せれば
真実の口に手を噛み切られたとでも思わせられそうだ。
むずむずしながらも、
ふと思い付いたことに笑いが込み上げそうになった。



 よし!
綾周と西原の目の前に
すうっと手を引き抜いて見せる。
ふと花の香が漂った。
中は良い匂いがするらしい。



「おもしろいねー
 向こうが見えない入り口だよ。
 
 でも、
 ほらだいじょうぶ。
 あやちゃんは
 怖いかな?」



作田は
えっへんと胸を反らして
綾周に笑いかけた。



不安げだった色は
ぱっと消し飛んだ。

「怖くないよ!
 
 お父さん待ってるんだ。
 見えなくたって平気!」

ニコニコと8歳の男の子が
作田を見下ろす。


西原が咳払いする。
今度は
作田と綾周の二人が西原を見上げる。
若き警護班チーフは顔を引き締めた。


「俺が先に入ります。
 アヤちゃんは二番目だ。
 作田さん、
 最後をお願いします。」




西原は
見つめる二人の前で
まず足を踏み出した。


固い。
そこに続く床はちゃんとあった。


「トムさん
 何してんの?
 変なかっこう。」

綾周が西原の
いささか
おっかなびっくりな姿勢に顔をしかめる。



「足元を確かめてるのさ。
 いいだろ?」

足を突っ込んだまま
西原は笑う。



「見えないからね。
 アヤちゃんが穴にでも落っこちたら大変だ。
 一番乗りのトムさんは勇者なんだよ。」

作田がすかさず言葉を添えてくれた。



西原は
ぐっと頭を突っ込み、
そして消えた。



「さあ
 アヤちゃんの番だよ」

少し怖くなったのか
西原の消えたあたりをじっと見つめる綾周に
作田が声をかける。


「トムさん
 だいじょうぶだよね」

「もちろんさ。
 見えないし
 声は聞こえないけど、
 トムさんは待ってるよ。」


綾周は
うん!と頷いた。
ほっそりとした体がシャンと伸びる。


綾周の背が吸い込まれるのを追って
作田もその境界を踏み越えた。



画像はpinterestからお借りしました。
ありがとうございます。
☆次回はニャンコさんのイメージ画を
   扉絵にお借りします。
   お楽しみに。





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