御所の闇夜2015-10-22 22:19:23
テーマ:思い

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





新月の闇を貫く霊道。


その突端に立つと
この都は
その指が触れるがままに
そこに暮らす人々を目の前に映し出す。



御所を見下ろす社にあって
白皙の青年は
暫く
食い入るように
自らが選び出したものを見つめていた。



神木の梢のフクロウがとぼけた声をあげ、
ふっと青年は姿を消した。





御所の暗闇では
渡殿に掲げた手燭の灯りなど
ほんの小さな結界にすぎぬ。


その闇に一人の女官が佇んでいる。
流れる黒髪は
露草の汁で殊更に染め上げたかのようだ。
闇を纏いながら闇に浮かぶ不思議の姿よ




男は今宵こそはと思い定めていた。
もし……と、
女官に声をかけんとしたそのときだ。



「おやめなされ」
凛と張った声が闇から落ちてきた。



はっと仰ぐ中天に満月があった。



……え?
今夜はぬばたまの新月の闇夜のはず。
狼狽える男の背後から再び声は響いた。



「おたわむれは
 為さらぬお約束でございましょう。」


 晴明か?


「お帰りいただきます。」


 怒るな
 そなたに会いとうて
 したことじゃ


「迷惑にございます。」


 冷たいのう
 姿だけでも見せてくりゃれ




応えて闇が開いた。
二藍の直衣に
白皙の頬が月光に濡れて
更に白々と際立つ。

僅かに朱をさしたかに赤い唇が動いた。




「真言でお送りいたしますか?」


 いやなことじゃ


女官はふわりと舞い上がり
晴明の前に降り立つ。




「梨花一枝雨に打たる。
 お美しいですよ。
 貴妃にも勝る美しさ、
 昔に変わりませぬ。」



 口ばかりの男だこと
 共に入口までは行ってくりゃるのか?




青年のため息とともに
二人の妖しの姿は消えた。



男は呆然と残された。



この世ならぬ……。
新月のぬばたまの闇の中に
細々と手燭の明かりばかりが残る。




闇に消えた美しき者共は
人が望んではならぬ者たちだ。

闇の深さに慄きながら
男は陶然とその美を反芻していた。



画像はお借りしました。
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