この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。
髪を解く。
髷を外してやると
アベルは
ふうっ
と
息をつく。
ドレスのホックを一つ一つ外す。
肩から滑らすと
もう
その白い肩は剥き出しになる。
君にコルセットなどいらぬが、
その紐をほどくのは
私の楽しみだ。
「ねぇ
まだぁ?」
さっきは
少し影を潜めていた我が儘が
また
顔を覗かせる。
したいことは
まだ
見つからない私の恋人は
したくないことは
すぐに
見つける。
「ドレスの君は
本当に美しい。
また
買いにいこうね。」
華奢な肢体を
キュッ
と
締め付ける紐を解きながら
私は囁く。
「うん。
あのおばあさん、
優しかったし、
次はお話したいな。」
「そう」
と
言いながら
コルセットを外す。
わー
気持ちいい
君は
はしゃぐ。
「次は
ペチコートだよ。」
ドレスの下のドレス。
これを外したら
君は
裸ん坊だ。
「どうして
こんなに重ねるの?」
不思議そうだね。
「スカートを膨らませるためさ。」
一枚一枚外しながら
私は応える。
最後の一枚を外し、
私は
恋人を見上げる。
「さあ
終わったよ。」
むき出しの白い足が
その付け根まで見える。
わずかに
肌を隠す布を残して
そこに立つ君は、
服を脱がされた人形のように、
エロチックだ。
そして、
君は戸惑う。
あんなに
まとわりついていた布が消えて
心細いのかい?
「寒いよ、グレン。」
ちょっと怯えたように
君は訴える。
「少し待って」
私は
わざとゆっくり
クローゼットの中を探す。
振り返ると
細い腕がその胸を隠すようにクロスしていた。
私は
優しく
近づいて
そのクロスした腕を
ゆっくりと開く。
「あっ……」
君の小さな悲鳴に
私は
囁く。
「ガウンを着なきゃ。
手を貸してごらん。」
その胸の可愛らしい突起が
暖かな室内で
冷気にでも触れたように’
つん
と
上を向く。
ねぇ
恋人よ
私は期待してもいいのかな?
「これで
お仕舞い?」
ガウンを着ると
アベルは
私の腕から飛び出そうとする。
逃げかけた’腕を
そっと
捉える。
「キャッ」
今度は悲鳴になる。
私は
不思議そうに
アベルを見つめる。
「どうしたの?」
私の傷ついた目に
君は
ひとたまりもない。
「ご、ごめんなさい。」
私は
なんでもないことのように
君に微笑む。
君は
ほっとして
私に身を任せる。
「化粧を落とすよ。」
そう言って
私は
アベルを座らせる。
そっと
その口紅を拭き取る。
赤の魔力が消えていく。
私は少し残念だ。
だから
囁く。
「君の唇は
もともとピンクだ。
綺麗だよ。」
すると、
消えた魔力に代わって
その頬に血が上る。
ガウンを着た恋人は
私の言葉にはにかんで上気する。
ねぇ、期待するよ。
私は、期待する。
一通り拭き取って
私は君を解放する。
「さあ
顔を洗っておいで。」
そうして待つ。
用意された盥の水音
そして
微かな衣擦れ
君は
そっと入り口から覗く。
「ねぇ
きれいになった?」
君は尋ねる。
「ああ
だいじょうぶだよ。」
私は応える。
安心して
君は
部屋に一歩入る。
コンコン
私はテーブルを
指で叩く。
えっ?
と
君は止まる。
私は微笑む。
「今日は
君の食堂デビューだね。」
君は
なぁんだ
と
いうように元気になる。
「馬もだよ。
ぼく、
初めて乗ったよ。」
私は
呼び鈴の紐を引く。
「だからね
お祝いをしよう。」
トントン
忍びやかなノックが響く。
私は
立ち上がって
アベルの横を過ぎ
ドアを開ける。
「グレン様、
お持ちしました。」
「ありがとう。
今日は、
妻のために
色々と無理をいったね。」
「とんでもございません。
グレン様は
特別のお客様です。
なんなりと
お申し付けください。」
支配人は
その泰然とした表情を崩さず
慇懃な礼をする。
ドアが閉まった。
君は
こういうとき、
いつも
魔法を見るような目になる。
受け取ったトレーには、
シャンパンのグラスが乗っていた。
「美味しかったろう?」
私は
それをテーブルに移しながら
問い掛ける。
「……うん。」
君は
部屋を進んでくる。
私は
ソファに輿をおろし
君に手を差し出す。
テーブルを囲んで
ゆったりとソファは置かれている。
どうだろう。
君は
ここに来るだろうか。
ちょっと立ち止まって
君は迷う。
「おいで」
私は促す。
そうだよ。
いい子だ。
君は私の横に腰かけた。
「さあ
グラスをとって」
私は微笑む。
「うん。」
この味は
君のお気に入りだ。
君はにっこりする。
ピンクの唇に
黄金色の酒。
こくん
と
喉が鳴る。
「今日は、
私の我が儘を聞いてくれて
ありがとう。
君と過ごせて幸せだった。」
私は囁く。
「ううん。
ぼくこそ幸せだよ。
すごく楽しかった。
ここで過ごせるの嬉しいよ。」
君も
一生懸命言ってくれる。
私は
試してみる。
「君も嬉しいの?」
「うん!」
優しいね。
それに、
可愛い。
「じゃあ、
君も私を喜ばせたい?」
私は、
踏み込む。
「うん!
でも、
ぼく
できることないよ。」
君は
不思議そうに応える。
ああ
そんなことはない。
君には
私を生かすことも殺すこともできる。
「あるよ。」
私は微笑む。
君の目が見開かれ、
そして、
閉じた。
その唇に
私は
唇を押しあてる。
そっと
促すと
わずかに開く唇を
私は啄む。
私の胸の中で
小鳥のように震える恋人よ
私は
これで満足だ。
これ以上を貪って
君を逃がしたりしない。
そっと
その額にキスをして
私は
恋人の頬を撫でる。
「ありがとう、
アベル。」
恋人は
そっと目を開ける。
「……グレン。」
君は
また戸惑っている。
「ぼくに
キスしたいの?」
私は応える。
「そうだよ。」
君は小首を傾げる。
「一緒にいたい人だから?」
私は、
そっとその唇をふさぐ。
その体は
しなやかに
私の腕に預けられ、
唇は慎ましやかに甘かった。
私は貪ったりしない。
君もわかったね。
「愛しているからだよ。
アベル、
私は君を愛してるんだ。」
私は告げた。
幼い恋人は小首を傾げる。
でも、
その唇は
私を受け入れた。
満足だよ。
私は満足だ。
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