この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。









6時か。
あと少しで朝食のサービスが
始まる。



眠るなど
思いも寄らなかった。
4階モニターは
夜を徹して監視を続けた。

若先生とやらの部屋のドアは
動かない。




闇だか何だか知らないが、
警護にだって
できることはあるんだ。

誰が相手であれ、
みすみす
害を加えさせたりしない。

闇にも実体はあるんだろ。
透明人間じゃないんだ。




瑞月さんにだって実体はある。
光の巫になった。
不思議な力はあるし
嘘みたいな経験もした。

それでも、
ちゃんと人間の男の子だ。
あっちも似たようなものだろう。




「チーフ、
   お食事をお持ちしました。

   少しお休みください。」

「ああ、
   ありがとう。

    お前もだ。
    眠ってないだろう。」


西原の目が窪んでいる。
俺もかもしれないな。




瑞月さんときたら、
まるで蝶か花みたいに儚げなのに
この頃は悪戯者の妖精みたいになっちゃって、
天衣無縫だ。


警護班は
かたなしだな。
みんな
きれいにやられちまった。



ありがとう!

撃ち抜かれ、


キャー海斗!

バタバタ倒れる。


怪しい四階の客との遭遇も、
瑞月さんの昏倒も
みんな見ていた。

急遽組み替えたシフトの厳しさにも音をあげず、
総員、
緊張感を保って朝を迎えた。



大したものだ。
チーフとしては満足だ。

ただ、
若い者ほど真剣で
心配になる。
特に、
西原は、
…………可哀想に一生独身かもしれん。



味も分からぬまま、
どうやら高級食材でできてるらしいサンドイッチを
機械的に頬張る。



朝食は
お部屋でとっていただこう。
それとも、
移動しようか。


そうだ。
移動しよう。
花の洋館はどうだろう。
今日は瑞月さんの三者面談がある。


このホテルから向かう予定だったが、
同じ建物に闇を抱えて
長居はしたくない。


まずは
回復しておいでかどうかだな。


よし!
総帥がお目覚めになったら、
お話ししよう。


「チーフ!」

緊迫した声が俺を呼んだ。





エレベーターが開く。
秦綾周は、
コンシェルジュににこやかに送られながら
玄関ホールへと向かうところだった。



俺は秦を目でとらえた上で
ゆっくりと頭を下げた。


秦が
立ち止まる。

「ああ
 昨日のボディーガードさん
 ご苦労様。」




気味の悪い男だ。
綺麗な顔に張り付いた笑顔は
妙に作り物めいている。
雛人形の首が
人の肩にすげ替えられているようだ。




「昨日は
 ありがとうございました。」

俺はもう一度頭を下げた。



「いいんですよ。
 まるで花を抱いたような心持ちでした。
 気をつけてお守りください。
 ほら、
 花の影には
 蛇が潜んでいるものですからね。」


にーっ
と笑うと
手に持った細長い袋を持ち上げ
大切そうに撫でてみせる。


ぞっとした。
もう
二度と触れさせない。
腹の底から
決意が沸き上がる。




「はい
 ですが、
 お姿に似ず、
 蛇など恐れぬお方です。

 私どもも
 その豪胆なお気持ちを見習って
   警護に精進いたします。」


雛の顔に
また笑顔が張り付いた。

「おお
 頼もしい。
 では、
 失礼いたしますよ。」




蛇を袋に飼う男は
玄関を抜け
待たせていた車に乗り込んて行った。




〝今出た。
 銀色のBMW。〟

インカムに囁く。
今日のところは、
追わせていただこう。


舞台があるというその場所まで
鷲羽の警護が警護させていただく。






ふうっ

溜め息が出た。

まずは、
闇がいるという緊張からは
解放された。

あとは三者面談………か。





…………でも、
今さらだが、
なぜ
総帥が
三者面談に出るんだろう。
天宮補佐がお母様だろうに。


落ち着いてみると、
そんなことが気になる。
普通の生活を援助するのも
今の俺には
大切な仕事だ。


水澤先生が担任なんだから
機密保持は問題ないが、
三者面談としては……成立するのか?


あの瑞月さんの横に
総帥が座って
担任の先生と進路相談する。


なんだか
不安になってくる。


整理してみよう。

俺も経験はないから
自信はないが、
できないものがない総帥の
数少ない
できないものになるんじゃないかな。



まず、
総帥には
フツーの子どもの学力が
わからない。

瑞月さんは学力とかは
フツーみたいだ。
総帥の学力はフツーじゃない。



大学のレベルとか
興味……ないよな。



フツーの若者が、
どんな大学で
どんな資格をとって
どんな仕事につくか…………。


そんなフツーのこと、
あのお二人に
わかるわけがない。


………武藤補佐に相談しよう。
今日のことになるか
わからないが、
子どもの三者面談は大切な保護者の務めだ。







特別室の寝室は
朝陽に明るいベッドの上に
美しい二人が
ゆったりと寝そべっていた。


うふふ

甘い声がしては
しなやかな体が絡み合う。


二人には
もはや
闇も余所事だ。


大事なことは
他にある。


「キスしたい」

何度目かのおねだりに
年上の恋人は
応える。


甘い甘い恋人の朝は終わらない。

甘えることも
愛することも学んだ。

二人して溺れた夜の甘さは
年下の恋人を
手に負えない誘惑者に変えた。

「大好き」

絡み付く腕
囁く声


昨夜の試練を越えたご褒美を
二人は楽しむ。
新生の朝は甘い。




イラストはwithニャンコさんに
描いていただきました。


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