この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






伊東の声が響く。
「モニター5番に映らない
   ハウス・キーピングが6番に映った。」


地下入り口5番を見に行く二人
ハウス・キーピングを追う二人
そして、
伊東はインカムに次々と指示を流し込む。


「地下入り口カメラに
   異常がある。
   侵入者に備えろ。

   樫山!
  5番から6番以外への経路を
   すべて確認しろ
   滝川!
   ダクト内を調べろ。」


「西原!
   聞こえるか」

〝はい!〟

「総帥にお知らせしろ」
〝はい!〟



モニターに
目に見える異変はない。


〝5番カメラ、
   細工してあります。
   外します。〟

〝システムチェック完了。
   ハッキングはありません!〟

「システムは
   正常だ。
   樫山!
   経路上のモニターに異常はないか。」

「ありません!
   5番のみです。」

「ダミーかもしれない。
   招待客以外の宿泊客は、
   少数だ。
   動きを確認しろ。

   滝川!
   ダクト内のトラップは
   どうだ。」

「トラップは
   そのままです。
   ただ、
   何か引き摺った後があります。
   エレベーターまでです。」

「中央モニターに
   今日チェックした映像を出せ。」



ダクト内に
そうした跡はない。



「エレベーターは
   総帥のお部屋に通ずる。

   エレベーター内の映像を
   確認しろ。
   15時から先だ。

   滝川!
   エレベーターは何階に止まってる?」


「二階です。」


「エレベーター管理会社に連絡しろ。
   システム侵入の有無を確認するように。
   以後
   エレベーター内映像は切る。
   ダミーかもしれん。」

「映像はどうだ。
   階の上下はあったか。」

「ありません!」

「エレベーター管理会社の確認を待つ。」



「ハウス・キーピング、
   四階の作業に入りました。
   古い社員です。
   宿泊客の予約は半年前、
   馴染み客で
   俳句の会の度に決まった部屋を抑えているそうです。
   本日は、
   食事の間に清掃を頼むとの依頼を
   五時に受けています。」



伊東は考える。
二階はパーティー会場。

最上階が目当てなら
総帥と少年が向かう夜半に襲撃する。
動くのはまだ先だ。



パーティー会場を狙う可能性もある。
気取られる前に二階を確認すべきだ。




「樫山!
   二階ダクトに移動しろ。
   複数から同時に入る。
   合図を待て。

   滝川、
   そこに待機だ。」


「もう一つしておくように
   言われました。

   ちょっとそこをお貸しください。」


全員が
起立した。

鷲羽財団補佐 天宮咲が
モニタールームに現れた。




男は悠然とエレベーターに向かう。
後ろに従う男は
その警護らしく影に徹している。

ぴったりと付きながら
余計な口はきかない。
四角い生真面目な顔は実直な人柄を偲ばせる。


男は
値の張りそうな礼装だ。
ホテルの格式にふさわしい
エグゼクティブらしい。


そもそも
そのエレベーターの周りは
一般客の立ち入れない特殊な空間だ。

踏み出す足は
複雑な織りのトルコ絨毯に
柔らかく沈む。


端正な顔をしている。
かなり端正だ。
ゆったりとした所作に
命令を下し慣れている男の日常が伺える。



エレベーターの扉は開いた。
二人が乗り込む。
四角い男は最上階を押した。


上がり始めるエレベーターの唸りに
微かな摩擦音が混じる。
天井の跳ね蓋が
バン!

落ちる。


白い煙を発する球体が
放物線を描いて落ちると同時に
男は跳ね蓋を抜けていた。


ガッ

鈍い音が響き
跳ね蓋からずるりと
落ちてくる体を
既にマスクを被った四角い顔の男が
受け止め、
身軽に跳ね蓋の上に上がる。

跳ね蓋は静かに閉まった。



エレベーター内は
ぐったりと倒れ伏す黒装束の男だけとなった。




エレベーターホールに
黒いオブジェが7つ
ぽつん
ぽつんと点在する。


部屋の主と支配人以外入れない城を前に
その主を待ち受けるように
息を潜め
オブジェは動きを止めている。


エレベーターの扉が開いた。



何も動くものがない。
オブジェは
ゆっくりと獲物を確かめようと
その入り口へと向かう。


「違う!!」

先頭のオブジェが異変に声を上げた瞬間、
音もなくホール中央の天井が割れ、
男がふわりと
降り立った。


瞬時
そこには
黒を纏う死神の物憂げな姿があった。

ケルベロスを従え
結果の分かりきったものに倦んだその顔は
凄艶なまでに美しかった。





「海斗!
   お客様のお相手じゃなかったの?
   いないんだもの。」

ぷっくり膨れた頬が
仄かなピンクを帯びている。

寂しさを訴えて
ぴょんぴょん跳ねる様の可愛らしさに
周囲の〝お母様〟たちは
少年の味方らしい。



「総帥、
   トレーナー時代のお話を
   聞かせていただいてましたのよ。

   プリンの前に
   大嫌いなおかずを3つも食べさせたんですって?」


「3つは多いわね
   と
   慰めてましたの。」

「さっきまで
   ちゃんといらしたのに
   どこにおいででしたの?」


男は
ちらりと会場を仕切る補佐に目をやった。

若い補佐は
びくりとする警護らしい若い男と
くすくす笑いをやっと抑えている風情の少年を背に庇い
肩をすくめてみせる。



「パーティーはお身体に障るお客様に
   ご挨拶だけ申し上げてきました。

   座を外しましたこと、
   失礼をお詫びいたします。」


男は優雅に頭を下げ、
少年に微笑みかける。

「心配したのか。」

少年は、
〝お身体に障るお客様〟の下りで
はっと
身を縮めていた。


「うん。
   …………ごめんなさい。
   海斗さん、
   皆さんにご挨拶しなきゃならないのに
   我が儘言いました。

   ごめんなさい。」


「いや、
   急なお訪ねで
   ご挨拶だけでもと
   抜け出したんだ。

   探させて悪かった。」


総帥に頭を撫でられる少年を囲み、
ご婦人方は猫可愛がりのチャンスを逃さなかった。


「本当に親代わりでいらしたのね。
   迷子の仔猫ちゃんみたいでしたのよ。」

「野菜嫌いは
   直りましたの?

   何でも言うなりの
   今のお母さん方に比べたら
   天晴れではありましたわ。」


もう機嫌を直した少年は、
元気にお返事した。

「はい!
   ぼく、
   今は、
   何でも食べてます。
   大勢でご飯を食べるの
   大好きになりました。

   みなさんとご飯を食べられて
   すごく嬉しいです。」


ここまで
膨れる少年が、
ご婦人方に
一生懸命に訴えたり
どうしたんだろうとおろおろするのを
泰然と見詰めていた補佐は、
そっと男に囁いた。


「瑞月は
   すっかり
   ご婦人方を
   味方に付けましたよ。

   あなたは親代わりです。
   そこそこベタベタできますよ。

   で、
   エレベーター逆ハッキング。
   効果はどうでした?」


「少なくとも、
   エレベーターごと落とされたり
   拉致されたりの危険は
   防げた。」

「後は、
   締め上げて聞くだけですね。」


「いや。
   無駄だろう。」

「そんなに口が固そうですか?」

「うちを襲う奴等は二つに一つだ。

   目覚めたときには
   覚えていない。
   鷲羽には
   何の繋がりもない。

   覚えていた奴は命を落とす。
   自分で死んでいくんだ。」

補佐は
黙って男を見詰めた。


「ぼく、
   海斗さん、
   大好きです。」

少年の声が明るく響き、
ご婦人方の声が楽しげにそれを包み込む。


パーティーは
温かく
そして、
優しく終わろうとしていた。


イラストはwithニャンコさんに
描いていただきました。




人気ブログランキングへ



⭐命を落とす
   記憶がない
   は、
   闇。
   闇の仕業ね。