黒猫物語 浮舟の選択 小景 椅子
NEW! 2016-06-10 06:37:54
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





俺の部屋は緑が基調だ。
落ち着いた深緑のカーテン
天井近くまで書棚になっている。

ゆったり座れる椅子は
これまでも
瑞月を愛してやった場所だ。

瑞月を抱いて
俺は座る。


「海斗のお部屋にして
抱っこの椅子があるでしょ」

瑞月が囁き、
俺たちはここにいる。



おんぶにはしゃいだ瑞月は
ひっそりと
影を潜めた。


小さな声。

「僕‥‥‥
海斗の中に溶けちゃいたい。

そしたら
ずっと一緒でしょ。」

「‥‥‥結城さんに話を聞くのが
嫌なのか?

怖くなったなら
話は延ばせる。」



押し黙る。
髪を撫でてやる。

小さな声が
また
語り出す。




「海斗の中に入ってね
海斗を感じて過ごしたいな。

海斗の見るものを見て
感じるものを感じるの。

ずっと幸せが続く。
うっとりする。」


「溶けてしまえば
お前は消える。

俺は一人だ。
それじゃ
一緒に生きられない。」


また押し黙る。

お前は
もう
結城さんが誰か
わかっている。


「瑞月
お前は俺のものだ。

こうして
腕の中にいろ。

溶けたければ
何度でも溶かしてやる。

忘れたいことがあれば
なんでも忘れさせてやる。

もう
お前の体に教え込んだ。

俺のものになったんだ。」


瑞月は
静かに聞いている。

「だから
安心して考えろ。

考えて
決めて
進むんだ。

怖いなら
無理をするな

やめていいんだ。」

しばらく
静けさは続いた。
無音が
耳にうるさいほどに‥‥‥‥‥‥。




ポツンと
瑞月は口にした。

顔は
見えない。
頑ななまでに
俯いている。

「結城さん
僕が‥‥‥‥‥‥浮気してると
思ったと思う。」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」

「‥‥‥‥‥‥お母さんが浮気してたってこと?」




堰は切られた。

道子、
力を貸してくれ。




「結城さんは
高遠に謝罪した。」


「でも‥‥‥‥‥‥思ったよね。
僕が海斗を裏切ってるって‥‥‥。」


「お前は裏切ったのか?
そこを考えろ。」


俺の言葉が
瑞月に染み通るのを
俺は待った。



「 人は誤解する。
誤解は解けるときもある。
解けないときもある。

お前と高遠は
見ていればわかる。

結城さんにもわかった。
洋館にきて
二人を見たからだ。

お前はお母さんと暮らしていた。
お母さんを見ていた。

見てわかることはある。
自分の見たものを信じろ。」


瑞月が顔を上げた。
振り仰ぐ目に
涙が滲む。


「海斗‥‥‥
でも‥‥‥‥‥‥
溶けちゃいたい。

海斗に溶けて消えちゃいたい。」




お前を‥‥‥愛している。

「ばか
お前は俺のものだ。

お前は勝手に消えられなくなったんだ。
俺が許さん。」


そっと
唇を重ねた。

華奢な肢体
無垢の白を纏う肌
唇は柔らかく
吐息は甘い。


唇を離し
頬に手を添える。

「勝手に消えたりするな。
何度も
お前を失いかけた。

気が狂うかと思うほど
それは苦しい。

俺は
お前を愛してる。

愛してるんだ。」

涙の雫が
お前の頬を濡らし
お前は目を閉じる。


海斗‥‥‥ごめんなさい
もう言わない‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


微かな微かな声を確かめて
俺は
瑞月を抱き締めた。


そっと揺らしてやりながら
俺は繰り返す。


だいじょうぶ
だいじょうぶだ

だいじょうぶ
だいじょうぶ
だいじょうぶ
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。



画像はお借りしました。
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