黒猫物語 過去からの来襲 12
2016-04-01 23:40:35
テーマ:クロネコ物語

この小説は、純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。









エレベーターのドアが開く。
そのホールは
特別な客だけが訪れる場所だ。




落ち着いた、
重厚でありながら
秘密を包み込む寛容が満ちている。






瑞月がそこに立ち、
扉が閉まると、
さながら隠れ宿に戻った気分だ。



お前を初めて抱いたあの離れ。
床入りのために整えられ
抱かれる愛らしい姿を愛でるために
隅々まで心配りがされていた。




そう
その空間そのものが
お前を俺に差し出しているように。






瑞月、
お前は眠らせる。
だから
抱く。

いい子だ。
愛された思いだけを
お前に詰め込んでやる。



「海斗‥‥‥」

お前が
振り向く。
柔らかな照明に
襟元に覗く肌が艶めく。

そっと肩を抱き、
俺は設えられた部屋に入った。






夕陽に海が染まる。
港を彩る明かりが遥かに繋がっていく。


港を見下ろすホテルの最上階だ。
舞台は、
鷲羽グループが支援するNPO団体への
チャリティーパーティー。



「これでいいわ。

全然印象が違う。」


そう。
俺は、
今日は鷲羽の人間じゃない。



年は一回り高く見えるだろう。
髪は分け、
きっちりと固め、
銀のフレームの眼鏡を着用している。



肩甲骨のあたりに
貼られたテープ。
自然と姿勢が変わる。

人の印象は
顔より姿全体から構成される。




咲さんは
俺を歩かせ、座らせ、立たせて
満足した。





こちらは
時間までは
猿芝居だ。



控え室で
一息つきながら
言い聞かせる。



俺はアナリストだ。
鷲羽財閥の信用厚いアナリストだ。
ただし、
そう思わせるだけ。
せりふには気を付けよう。






部屋には
夕食が
既に用意されていた。

誰も
ここには来ない。
二人きりだ。


「食べよう」


「僕たちだけ
   なんだかわるいみたい。」


「気にするな
   久しぶりの二人きりだ。

  俺は嬉しい。」



はにかんで
お前は
頬を染める。

瑞月、
愛しくて
たまらない。




料理を覆うドームカバーを開ければ
フワッと湯気が立ち上る。

差し向かいに座る。
スプーンをもつ手指の細さ。

不器用なくせに
不思議と優雅な仕草が
アンバランスだ。



「美味しいね」

お前が微笑む。




「そうだな。」

大切な
大切なお前。

守ってやる。
誰にも傷つけさせない。







四十周年を迎えた老舗の出版社。
その周年記念パーティーに
チャリティーをぶつけたんだ。



チャリティーへの協力をお願いするため
鷲羽グループのトップ
じいさんが出席する。

俄然
出席者は華やかになった。




思い出す。
ほんの一月ほど前に
俺は駆け出しの記者として
パーティーの取材にきたんだ。




この受付まですら入れずに
ロビーで出席者を
物色していた。




長身を黒に固めた精悍なハンサムに
凄艶な美にしどけなく濡れる月下美人。
映画の撮影でも始まったかと思う二人だった。



口があんぐり開いてただろうな。
暇だったもんだ、
あの頃は。





俺の運命は
180度変わった。
信じられない忙しさだよ、
まったく。




今度は
外野をぐるぐる回る立場じゃない。
主催者側だ。

しかも
裏番組も準備しなけりゃならない。
飛び回る毎日だった。




モニターに受付周辺が映っている。
客が集まり始めた。
まあ、
俺も客の一人になる。



ホテルと打ち合わせた鷲羽の管理補佐
武藤拓也はいない。
自称アナリスト
阿久津 隆だ。







シャワーを使う。
これも久しぶりだ。

カナダで生活していた頃は
ねだられては
一緒に浴びていた。


お前を欲することを
自分に禁じ、
ただ抱き締めていたころだった





お前は
洗ってもらうことに
すっかり慣れたな。


肌を合わせ、
その腕を伸ばし
洗い始める。



瑞月は
囁く。

「海斗‥‥‥。
   僕、
   海斗だと
   熱くなっちゃう‥‥‥。」



「いい子だ。
   俺もだ。

   さあ
   綺麗にしてやる。」





可愛い瑞月。
お前を
寝かせなければ。

お前には
さっき
薬を飲ませた。

ゆっくりと効いてくる。


さあ
シャワーを終わらせよう。
一人にする前に
愛してやらなければ。


俺の瑞月、
忘れるな。


俺に感じて啼くお前は
尊い宝だ。
愛されて花開くお前は
世界で一番美しい。







おっ、
来たな

モニターの画面に
脂ぎった多田が
受付に現れる姿が映る。
息子を連れてきた。


パーティーに呼んだアーティストに
釣られてついてきたんだ。


馬鹿め
せいぜい楽しむがいい。





「多田様、
   ようこそ
   いらっしゃいました。

   お待ち申し上げておりました。」




画像はお借りしました。
ありがとうございます。