この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







地獄の底へも
2015-11-06 20:05:52
テーマ:クロネコ物語






「あっ……いやっ!」

寝室に響く彼の声に
サガさんは飛び起きたわ。



彼がうなされている。

あ………… はっ……ああああっ




揺り起こすサガさんの必死な顔を見ると
胸が痛くなる。




声が悲鳴に変わってきたわ。

そろそろね。




彼が跳ね起きる。

サガさんが抱き止める。

錯乱している彼にはわからない。




闇雲に振り回す手に構わず
抱き締める腕の中で
反り返り
逃れようと
彼は暴れる。


サガさんは
彼の名前を呼び続けたわ。




…………サガさんが来る前はね、
ひたすら叫び続けたの。
はじめは「いや!助けて!」
跳ね起きてからは「ごめんなさい」




力尽きても
心は戻らない。


サガさんの夜着の胸に
しがみつく指が白い。




うつろに宙を見詰めて
繰り返すの。


ゴメンナサイ 

ゴメンナサイ 

ゴメンナサイ

ゴメンナサイ





ふっ……と電池が切れたように
ズルッ、
とサガさんの胸から崩れ落ちる。




抱き止めたサガさんの腕に
壊れた人形のようにひっかかり
ばらばらに
投げ出された四肢。




頭はベッドに落ちる寸前で止まり
ゆらっと揺れている。




サガさんは
声もなく
腕の中のものを見詰める。



そしてね、
まるで恋人の死が信じられない片割れのように
動かぬ彼の体を
そっと抱き上げて胸に押し当てたわ。




完全に脱力した彼の体は
ぐらぐらと頼りなく揺れる。



かつて最強の新人と騒がれたボクサーは
二度目の恋人の死を
迎えたかのようだった。





声もなく
涙はひたすらに
流れ落ちる。




サガさんは
静かに
彼の名前を呼び掛ける。

繰り返し
繰り返し
呼び掛けるの。



静かに
ただ静かに
抱き締めた恋人の亡骸を
あやすように揺らしながら
呼び掛ける。






サガさん、
たくさんの涙と
また出会えたわよ。




恐れるものが
また
できてしまったようね。







カーテンが
さっと開かれた。




「おはよう!」

極上の笑顔が目の前にある。
びっくりするわよね。




「僕、
サガさんより早起きしたよ。」

褒めて褒めてと
すり寄る仔猫。





サガさんは
しばし
考えていた。



そして、
立ち上がり
彼を自分に向かせると
正面から
しっかりと抱き締めた。




「どうしたの?」

面食らった仔猫ちゃんは
嬉しそうに言ったわ。




「サガさん、
すごいや。
サガさんから抱いてくれたの
初めてな気がする。」


『よく聞けよ。』



抱き締めたまま
サガさんは
一語一語
噛み締めるように
話し始めた。




『お前に
何かあったら
俺は生きてはいない。


お前が死ぬときは
必ず俺が先に逝っている。


お前は俺にとって
命より重い。


どんなことがあろうと
俺がお前を守る。
地獄の底にいようと
必ず俺が助けに行く。


命懸けで
いや
死んでも
俺がお前を守るんだ。


必ずだ。
信じるか?』




戸惑うように
見上げていた彼も
サガさんの真剣さはわかったみたい。



「……ありがとう。

   すごく嬉しい。」

微笑んでみせた。




『それじゃ足りない。』


「え?」


『信じるか?
    答えろ。』


「えっと……何を?」



『どんなときも
   どんな場所でも

    たとえ
    お前が
    地獄の底にいても

    必ず俺が助けに行くことだ。』




サガさんは
右腕の包帯を外した。




上腕部を斜めに切り裂く
地割れじみた深い傷跡が露になる。



息を呑む彼に
サガさんは続けた。



『こんなかすり傷に驚くな。

   お前を守るためなら
    体をなますに切り裂かれようが
    腕の1本足の1本切り落とされようが
    俺は構わない。

    信じるか?』



彼の目は
傷口に吸い寄せられ
早くも
涙が零れかけている。




焦れた狼は
仔猫のあごを持ち上げ
その顔を見詰めた。



「……うん。

    ……ううん。」




満面の笑顔が咲いた。

「はい!信じます」



ふーん
次は地獄に行って
連れ帰るのね。



やれやれ
あんまり穴ばかり掘ってると
酸欠になっちゃうわよ。




その
キラキラお目目はね
何を言い出すか
分かったもんじゃないんだから。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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