この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






心が死んじゃう
2015-11-05 20:44:33
テーマ:クロネコ物語




夕食後よ。

『なぜ俺にくっつきたがる?』

自分の腕の中で
プリントした課題に目を通す
愛らしい生き物を
見つめながら
サガさんは問うたの。




「あっ、重い?」

慌てたように
彼は半身を起こしたわ。




『違うんだ。

お前の部屋もある。
なぜ行かない?』



「…………サガさんは嫌なの?
僕、…………邪魔?」



そっと膝から降りようとする彼を
サガさんは抱き止めた。





サガさんの胸に
小鳩のように腕を畳んで
抱きすくめられて
彼は喘いだわ。



床に散らばるプリントが
痛々しい。





「サガさん…………苦しいよ……。」

力を弛め、
サガさんは
しばしトレーナーだ。



『息を吸って……
ゆっくり吐け。10秒だ。』


『ゆっくり吸って……
吐くぞ、15秒だ。』




腕の中で
世にも希少な生き物が
ようやくの思いで生きているの。




僅かな気温の変化にも
その体は敏感に反応する。



自ら食べることすら知らぬ
無防備な幼生。




サガさんが
小指ほどの力でも加えたら
折れひしいでしまう
華奢な体と
繊細な感覚に研ぎ澄まされた心。




この危うさを抱えて
誰よりも
強くあろうと
生きている。



なんて希少な生き物かしら。





「……急にどうしたの?」


今度は
彼が
真っ直ぐに
サガさんを見詰めている。




「なぜくっついちゃダメなの?」



『俺が自信をもてないからだ。

自分の身を守ることを考えろ。』



「…………サガさんから?」



『そうだ。』



すっと
サガさんの目が暗くなったかと思うと
彼はソファに
トン!
と一押しで倒れた。






跳ね起きようとするのを
表情も変えずに
押さえつける。



力を入れているようでもないのに
身動き一つできない。




否応もなく
裾に手が入れられ
肌が冷気に触れる。




「あ……っ」

怯えに
竦んだ声が
その唇から漏れた。




……その一瞬に
サガさんの目から暗い光は消えたわ。


そっと抱き起こし
耳元で囁いたの。


『怖かったか?』


「………………怖かった。」


『分かったな。
むやみにくっつくな。』



「やだ」


『え?』


「やだ!」


「サガさんは
僕を傷つけたりしない。

僕はサガさんなら
何されてもいい。
僕のこと思ってくれてるんだから。」




仔猫は
全身の毛を逆立てて威嚇したかと思うと、
狼の胸に飛び込んだ。




「サガさんといる時だけなんだ。
安心して笑ったり泣いたりできるのは。」



胸に押し付けられた頭を
そっと抱え、
上向かせると

眸いっぱいに
溢れる涙がポロポロと零れ始めた。




『危ないんだ。』


「やだ!」


『お前が大切なんだ。』


「サガさんと離れてたら
心が死んでいくんだ。
僕が死んじゃってもいいの?」


『………………。』


泣きじゃくる仔猫を持て余し
狼は降参した。





そしてね、
仔猫ちゃんは
ベッドでダメ押ししたのよ。


「それにね、
僕、ドキドキした。
サガさんの匂いが急に強くなって
自分が熱くなったんだ。

きっと僕、
サガさんなら怖くない気がする。 」




もう
可哀想で
サガさんの顔は見ていない。
彼を布団に押し込んでたけどね。




画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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