コロナ検査を受ける過程の中でいろいろ考えさせられました。こういうことに興味がある人が少ないかもしれません。しかし、私自身はとても良い経験を積めたと思うし、結果的に陰性でしたが身体の苦しさ以上に心の苦しみがその中心的なことだと思います。


恐らく重症化している人以外は以下の2つを考えると思います。1つはどこでウイルス感染したのか?ルートが判ればその状況をどうにかして避けられなかったか?ということではないでしょうか?


私はウイルス感染していなかったのでそのルートは結果的に存在しなかったが、結果が出るまでに何度も何度も悩んだ。周りに感染者どころか濃厚接触者さえ存在しない。会食などコロナ禍以前から年に数回、移動は単車、自転車がほぼで電車、バスにもこの前いつ乗ったか思い出せない。屋外スポーツやプールで知り合いと話すことはあるが可能性は極めて低い。唯一、喫茶好きなことは引っかかるが、必ず一人で行くしテラス席が基本。


そんな風に考えていくとスーパーやコンビニのレジ待ちとか気になってくる。いや、先に上げた中の状況の中にももしかしたら、みたいなことも。だんだん人間不審になる。そんな自分が嫌になってくる。


そしてもう一つ考えること、それは私が誰かに感染させていないかという自責。


先にも述べたが軽率な行動はしていない自覚はあるものの、私を経過して誰かが感染するなんて想像するだけで辛すぎる。私は軽症で済んだが他者は重症、後遺症、もしかしたら命を落としたら、こんなことを考えると眠れない。仕事柄子供とも一定数会うが、彼らへの感染は更に胃が痛む。


そして、時期的に私が感染したかもしれない時期に会った人たちに対して上記の両方の気持ちが芽生える。不審な気持ちと申し訳ない気持ち。もうメンタル崩壊状態。身体のケアどころでなくなる。


あと、私はそれほど辛くなかったが、世間の目が怖いと感じる人も多いかもしれない。私も少しはあった。


それから、保健所や行政関係からの尋問も面倒かも、とかも考えた。


以上が私の経験の一部です。陽性だった人は更にもっと深く、私が考えもしなかった分野も悩んでるのでしょうね。


そして、今回私のもう一つの大きな経験があったのでここが決まればそれもお話したいですが、もう少しお待ち下さい。