昨日はイプスと不安障害について話しましたが、今日もスポーツにおける自己否定な人から気づいたことを話します。

今回の自己否定のモデルとなったのは私自身。そう、自分に自信がないから不必要なことをわざわざやらかせて余計に肩身を狭くしてしまう、そんな自分を見つけました。

初心者は誰だって下手なものです。自己肯定を持てている人はそれが当たり前なので無理に自分を大きく見せずに謙虚に一所懸命努力する。そうすると周りは受け入れやすくなる。だけど周りと比較して何でも同じようにできることを求められる個性無視の教育で育った多くの日本人は「できないとダメだ!」tぴう意識が働き、できないことまでできるように見せようとする。できないことをやると勿論できるわけがない。わざわざ不必要なことをしてミスするから周りが困る。それを取り返そうと余計にできないことをやろうとする。こうして悪循環が強まる。

空気を読めない人が無理に空気を読もうとしても大抵は同じ。人間関係が苦手な人が無理に距離を縮めて失敗するのも同じ。ホンマに、みーんなおんなじ繰り返し。

私自身もそんな自己否定の自分を見つけるとは思わなかったけど、実際に存在する。しかし、直ぐにそれに気づけたら対処も楽チン。散々信頼をなくしてから対処したってリカバリーは大変なもの。

そして対処法も楽チン。できないことは現段階で諦める。将来できれば良い、くらいにして謙虚に学ぶ。そしてそれ以上に有効なのは他人のミスに寛容になる。こうすると途端に空気が和らぐ。

だけど自己否定な人たちは寛容になれない人が実に多い。自分が無理矢理努力しているつもりになっているから他人に厳しい。他人を許せないから自分がミスをしたときに周りが許してくれないと思い込む。これも悪循環。

ここで一つアドバイス。自己否定な自分を見つけたとき、多くの人は自己肯定的にならないといけない、って思ってしまうみたい。これって自己否定な自分を否定していますよね。これ自体が自己否定ですよね。

こんな場合は自己否定な自分を肯定する。つまり自己否定な自分を許す、または諦める。こっちの方が圧倒的に楽になる。できないものはできないんだから、できない自分で良いじゃない、ってかどうやっても仕方ないし。

いつかは自己を肯定できるようになれれば良いや、って思えるとそれだけでかなり改善されるのに。

どれほど悟りを開いた人でも心の中から自己否定が消えることはないだろうから、一生それと向き合っていくしかないのでしょう。自己否定なことが悪いのではなく自己否定な自分を見ないようにすることの方が悪なんだと思います。

まあ、これまた言って解らない人には無駄なんで今日もこれくらいにしておきます。

ありがとうスポーツ。