昨日面白い謎を見つけました。

理性というものはどこからくるのか?

野生動物は当然のことながら本能、つまり感情で生きています。子供のために命を投げ出すなど自己本位でない行動も多分に見られますが、これも愛情という感情が大きく働いているからと考えられます。

人間は思考を巡らせた後に感情とはいえ違う行動をとることができます。理性の存在です。何故ヒトだけが高度な理性を持てたのでしょうか?一晩考えてきました。

人間の進化は二足歩行で指先が起用になったこと、言葉を得たことなどが大きな原因と考えられています。私の考えはこの両方が互いに影響しあっていると考えました。

まずは指先。手が自由に動かせるようになった人類は様々な道具を作り出します。その過程の中で美しさという観念を得たと考えられます。人間の美的センスの研究はやがて数学へと発展します。私の考えでは人間の美的センスの究極が数学と考えています。

次に言葉です。言葉は意志を伝えるものと思われがちですが、経験や価値観の共有という側面も持ち合わせます。価値観の共有こそが理性の原点です。他の動物では相手の気持ちを理解するきっかけさえもないと言えます。様々な価値観を得ることで感情とは違った行動が可能となったのです。

言葉を手に入れた人間は独自の美的センスで言葉自体を磨き上げ、その言葉で理性を深めていきます。そして論理的思考というものが出来上がって来たのだと考えるのが妥当ではないでしょうか?

ついさっきここまで行き着きました。

ここで新たな疑問。教育者の中での論争です。学問の原点は国語か数学か?私の周りでは圧倒的に国語派が多いですが、私の意見は数学です。しかし先ほどの私の説明だと私の意見に矛盾を感じるのではないでしょうか?これもさっき一緒に答えが出たので機会があればお話ししますね。

どうしてもこの先が知りたい方は直接聞いて下さい。ちと長い話になりますが。