今日は現政権が憲法解釈を変更して初めての戦記念日ということで、マスコミ各社は様々な解釈や国民の意見などをこぞって羅列していますね。憲法の議論や世界平和、国益などについて活発に議論されることは大歓迎ですが、一つ思うことがあります。解釈変更はやめて堂々と憲法改正しませんか?
憲法改正というと集団的自衛権容認派のレッテルを貼られがちですが、私は9条を改正すべきと言っているわけではありません。その前に25条など人権に関わる条文をもっと強化すべきだと考えています。人権に関わる議論なしに集団的自衛権を議論すべきでないと思っています。
主だった先進国と言われる諸国では憲法改正は2次大戦以降もほとんどが経験しています。法は時代とともに変わるものです。その時代にあったよりよい憲法が私達を守るべきです。韓国でも憲法改正は行われた過去があるし、中国でも憲法に当たるであろう法律が何度か変更されているようです。諸外国の圧力に遠慮せずに自国の憲法は自国で決めるべきです。外国の権利を侵害しないものであれば認められるべきものです。
最後に9条についての私の意見を述べます。日本国憲法第9条はもっとも優れた条文であることは述べる必要もありません。ただ、日本だけがこの精神を貫けるものであるとは言い難いものです。全ての国家がこの精神を共有できれば言うことはないのですが、現状では現実味は極めて低いでしょう。
これまでこの条文により得た益と被った損を今一度議論すべきです。変更には大きなリスクを伴いますが現状のままでも別のリスクを拭えません。結局のところ争い事は相手があってのことなのでどちらにせよメリットとデメリットが発生します。それらの議論なくして護憲と改憲のラベリングの争いでは先は見えません。
私達が学生の頃は改憲という言葉だけで戦争と結びつけられて議論にさえなりませんでした。その意味では現在の議論はポジティブにとらえていますが、今一歩、概念に踏み込んだ意見交換が必要に思います。
8月15日に私の意見を包み隠さず述べてみました。皆さんも所信表明してみてはいかがでしょう?
憲法改正というと集団的自衛権容認派のレッテルを貼られがちですが、私は9条を改正すべきと言っているわけではありません。その前に25条など人権に関わる条文をもっと強化すべきだと考えています。人権に関わる議論なしに集団的自衛権を議論すべきでないと思っています。
主だった先進国と言われる諸国では憲法改正は2次大戦以降もほとんどが経験しています。法は時代とともに変わるものです。その時代にあったよりよい憲法が私達を守るべきです。韓国でも憲法改正は行われた過去があるし、中国でも憲法に当たるであろう法律が何度か変更されているようです。諸外国の圧力に遠慮せずに自国の憲法は自国で決めるべきです。外国の権利を侵害しないものであれば認められるべきものです。
最後に9条についての私の意見を述べます。日本国憲法第9条はもっとも優れた条文であることは述べる必要もありません。ただ、日本だけがこの精神を貫けるものであるとは言い難いものです。全ての国家がこの精神を共有できれば言うことはないのですが、現状では現実味は極めて低いでしょう。
これまでこの条文により得た益と被った損を今一度議論すべきです。変更には大きなリスクを伴いますが現状のままでも別のリスクを拭えません。結局のところ争い事は相手があってのことなのでどちらにせよメリットとデメリットが発生します。それらの議論なくして護憲と改憲のラベリングの争いでは先は見えません。
私達が学生の頃は改憲という言葉だけで戦争と結びつけられて議論にさえなりませんでした。その意味では現在の議論はポジティブにとらえていますが、今一歩、概念に踏み込んだ意見交換が必要に思います。
8月15日に私の意見を包み隠さず述べてみました。皆さんも所信表明してみてはいかがでしょう?